つぶやきコミューン

立場なきラディカリズム、ツイッターと書物とアートと音楽とリアルをつなぐ幻想の共同体
<< March 2017 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>
 
RECENT COMMENT
  • 万城目学『悟浄出立』
    石山智男 (02/14)
  • 伊坂幸太郎『アイネクライネナハトムジーク』
    藍色 (09/23)
  • 森山高至『非常識な建築業界 「どや」建築という病』
    森山 (03/05)
  • 伊坂幸太郎『ジャイロスコープ』
    藍色 (12/11)
  • 坂口恭平『現実脱出論』
    佐藤 (04/22)
  • 増田俊也『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』
    mkamiya (03/18)
  • 増田俊也『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』
    ω (03/18)
  • 板垣恵介・宮谷拳豪『バキ外伝 拳刃 1』
    mkamiya (01/18)
  • 板垣恵介・宮谷拳豪『バキ外伝 拳刃 1』
    ゆーり・ぼいか (01/17)
  • 堀江貴文『ゼロ なにもない自分に小さなイチを足していく』
    mkamiya (11/01)
RECENT TRACKBACK
@kamiyamasahiko
MOBILE
qrcode
PROFILE
無料ブログ作成サービス JUGEM
 
福島香織『本当は日本が大好きな中国人』
JUGEMテーマ:自分が読んだ本   文中敬称略  ver.1.1


国家が失政や内政上の不満に直面した時、援用されるのが排外主義的な言説である。経済上の格差が拡大したり、言論や表現の自由が圧迫されたりするときには、決まって外部に矛先を向けるような情報が、政府や息のかかったメディアによって拡散され、それなりに民衆の動きを喚起したりする。それは中国であれ、韓国であれ、日本であれ、為政者の常套手段である。そうした動きが報じられると、排外主義の対象となった相手国で、大なり小なりそれに反発した動きが生まれるという悪循環が生じることになる。こうした動きは、偽のトレンドとして社会を覆い、いつしか本当のトレンドとなることもないわけではない。

そうした動きが大きく報じられる中で、排外主義の対象となる相手国の国民の本音は隠されてしまう。かつて日本人旅行客が、世界中を飛び回り、買い物をしていた時期には、現地に出かけ様々な経験を積むことで、そうした情報の現実からの乖離を肌で感じることがあったが、今ではかつてほど海外旅行に出かける人も少なくなり、情報だけが社会の表層を覆い、なんとなく、日本と中国や韓国は険悪な関係にあり、同じような感情を向こうも抱いているのだろうと勝手に想像してしまう。

豊富なネットワークと体当たりの取材で中国社会の明暗を追い続けてきた福島香織『本当は日本が大好きな中国人』(朝日新書)は、中国人の日本に対する本音に、多方面から、驚くほど多くの用例とともに接近し、そうした風通しの悪さを一掃する快著である。

一言で言えば、この本の中身は、中国人の対日ツンデレ説である。上記のような理由で、通常ツンの部分だけが拡大して報じられがちな中国だが、実体は爆買いのように、中国人の間では、日本商品に対する熱烈な支持が、想定外の商品において生じ、それが日本人を驚かせ、毎日のようにメディアで報じられたことは記憶に新しい。このようなデレの部分を集めると中国人の本音の部分がはっきりと見えてくるのである。一見日本びいきに見えるその選択も、実は意識して日本を選んだことによるのではない。無意識の選択の結果が、どういうわけか日本文化や日本製品の愛好につながり集中するのである。

『本当は日本を大好きな中国人』は、中国で愛好される、様々な産業や、カルチャー、サブカルチャーの森の中に分け入って、そのトレンドをコンパクトにまとめ、原因を分析する。その圧倒的な情報量に接する中で、読者は、その人の考え方が右寄りであろうと左寄りであろうと、これまでにないほど中国人を身近に感じることになるだろう。

中国人が日本や日本人を愛する理由は大きく言って二つある。一つは中国人が嫌いな中国のアンチテーゼである。中国人が嫌いな中国とは何か。言論や表現の不自由が第一だ。そして、商品のクオリティや安全性への不信がある。人前でうるさくて、クレームの多い中国人の性質は、自分はともかく配偶者としては敬遠したい性格である。

そして、もう一つは中国人と共有できる文化基盤を持ち、時に中国起源の文化を、中国よりも大事に保存し発展させてきたことである。顔立ちからして遠すぎる欧米の人間や文化は、身近さを感じさせないがゆえに、熱烈なブームにもならない。

中国人が、目の前の様々な分野の過酷なあるいは不快な現実から逃避しようとするとき、浮かび上がってくるのが、日本人の寡黙で勤勉で礼儀正しい性格であり(これは映画やテレビの主人公起源のイメージで当然全員にはあてはまらない)、日本文化の自由さや多様性であり、日本製品のクオリティやコストパフォーマンスの高さである。それは、中国人が国内において得ようとしてまだ得られないもの、あるいはかつては存在したがもうないものを映す鏡となっているのである。

第一章 日本人は中国で本当にモテるのか?は、いわば中国でもてはやされる日本人女性と日本人男性の類型学である。女性では、真由美(中野良子が映画『君よ憤怒の河を渉れ』の中で演じた役名)、山口百恵、おしん、蒼井そら。物静かで、礼儀正しく、しかも貪欲でなく、シンの強さを持ち合わせている。「女強人」と呼ばれる、清く正しい強さというのが特に中国人男性にアピールするのである。

 蒼井そら人気は、たんに日本のAVをネットで見ている好色な男性が騒いでいるだけではなく、ネット統制や厳しすぎる風紀取り締まり、性への抑圧からくる息苦しさに対するプロテストメッセージを日本の堂々たる(?)AV女優への支持表明によって暗に訴えている、ということになる。同時に、たとえAV女優という、中国人敵にさげすまれる職業にあっても、他人に優しく礼儀正しい日本人女性のイメージを維持しているあたりが好感度を上げているとも言えそうだ。pp44-45

男性の場合には高倉健が全国民、国家レベルで敬意の対象となった。そして抗日ドラマの日本人役でさえ、イケメン俳優が起用されるようになった社会の変化を分析する。そこでも、無口だが、誠実で優しく、忍耐強い日本人男性の理想が中国人のないものねだり精神にも、また抑圧に対する抵抗の精神にもアピールする結果となっている。日本ではあまり知られていないが、華のある悪役としてトップスターになっている矢野浩二が好例である。線が女性のように細いにもかかわらずトップに上り詰め、怪我にもめげない強靭な精神を持つ羽生結弦はこれにギャップ「萌え」の要素を加え、中国人を熱狂させた。

第二章 ワンランク上のライフスタイルに憧れる
では、都市のプチブル層に支持されている岩井俊二的、あるいは村上春樹的な「小清新」と、労働者階級に支持されているXJAPANなどビジュアル系の「殺馬特」という二つのトレンドを中心に分析する。反日デモでジャスコを襲撃した人々の真の敵も日本ではなく、プチブル層という背景は常識として押さえておくべきだろう。

 ジャスコを愛するプチブル層も、そのプチブル層を憎むあまりジャスコを襲ってしまう出稼ぎの若者も、日本の影響を受け日本のライフスタイルに憧れていることには変わりはない。愛と憎しみも実は背中合わせに存在している。p107

さらに、ダイソーと無印良品とユニクロのパクリブランド、話題のメイソーの絶妙な「日本品質」戦術を取り上げる。

日本のクラシックファンが佐村河内守に全聾の作曲家という「物語」を求めたように、小保方春子に「リケジョの星」というストーリーを望んだように、中国の消費者は「日本のシンプルだが上質な生活雑貨が10元均一で手に入る」という「物語」を求めたわけだ。p113

その他、人気のバッグBAOBAO、投機の対象とさえなっている南部鉄瓶、もてはやされる日本人建築家、香港人との争奪戦にまで発展したヤクルト信仰など盛り沢山な内容は笑いがとまらないほど楽しいものだ。

第三章 政治から言葉を解放した日本文学では、莫言のノーベル文学賞受賞の裏にあった川端康成を初めとした日本文学の影響、耽美(タンメイ)小説やボーイズラブ文学を引き起こした三島由紀夫。熱狂的なファンを持つ田中芳樹『銀河英雄伝説』とライトノベル市場の台頭、さらに中国で大人気の三人の作家を取り上げる。村上チルドレンまで生み出した村上春樹に続くのは、四十数冊が翻訳され、毎回数十万部の売り上げを見せる東野圭吾と、『失楽園』で三百万部を売り上げ「性愛大師」の異名を持つ渡辺淳一である。

第四章 文化侵略か、文化解放か 進撃のサブカルチャーでは、『ドラえもん』日本政府陰謀説の顛末や、中国全土にバスケブームを生み出し、さらに「CBAの流川」まで輩出した『スラムダンク』の圧倒的人気、年間100万人の入場者を誇るハローキティランド、テレビドラマにまで登場したブームとなった奈良美智の絵画、コスプレの流行理由、さらには『進撃の巨人』作者の右翼疑惑とそれを凌駕する人気などが語られる。中でも衝撃なのは、2012年にネット上で流行した卒業ソング「流川楓と蒼井そら」である。そこにあるのは、「いちご白書をもう一度」のような、借り物で固めた未成熟な青春の切実さである。

 歌詞の中で、『スラムダンク』「村上春樹」「流川楓」「蒼井そら」といった日本文化の固有名詞がたくさん登場する。二人が出会ったのは、学校近くのマガジンスタンドで、『スラムダンク』を買おうとして目が合ったから。彼女が彼に贈ったのは「村上春樹の本」。そしてサビのリフレインでこうくくる。「こんな物語毎年起きる都市の中/こんな物語毎年終わる風の中/でもあの時の彼と彼女の、あの濃密な愛をまだ覚えている/彼は彼女の流川楓、彼女は彼の蒼井そら」
 中国人にとって、村上春樹とスラムダンクと蒼井そらは青春を象徴するキーワードなのである。
p217

第五章 知られざる日中の歴史と思想のつながりでは、中国の中でも生まれつつある明治維新に学べというトレンド、それは列強に侵略された清朝時代のパラレルワールドとして日本を見ているからであろう。皇帝の血筋を失った中国は、日本の皇室にも憧れる。また四川大地震での日本の救援隊の姿勢が、死者をないがしろにした中国の現状より中国人の魂を救ったとまで言われる。映画『おくりびと』は、納棺士に憧れる若者さえ生み出したのである。さらに中国の反日家が実は知日家であったり親日家であったりする真相など、想像とは逆の中国人の心情のコアな部分へと肉薄してゆく。

中国人が結果的に日本人や日本製品、日本文化を好きになるのは、中国人サイドから見ると、中国社会のアンチテーゼと文化的共通項の二つの理由があるが、さらに、日本側の理由を分析するならば、それは日本文化の受容力の広さ、懐の深さということになるだろうと著者は分析する。

 おそらくは、日本のソフトパワーの本質は、この他国の文化を受容し、己の文化として変容、発展させたあと、また別の国にすんなり受容される柔軟性ではないか。別の国の文化に受容され変容したあとでも、核となる精神性が日本固有のものであると、誰もが納得できるのも特徴だ。p290

本書で取り上げられた日本や日本製品が中国が大好きであるというのは、その大部分が通りすがりの旅行者レベル、持ち帰りレベル、国内での受容レベルの話で、中国にはない職業に就きたいという若者を除き、日本という国に憧れているというのとは少し違う。むしろ、戦後の日本がアメリカ文化の影響を、生活にあらゆる面で受け入れ「アメリカ化」したように、中国は「日本化」することによって、その生活や文化を多様化させながらクオリティを向上させようとしていると言うことができるだろう。それは、短期的にも長期的にも、両国民の距離を近づける働きを持つが、産業的には輸出先を広げるメリットと、限られたものの購買を競ったり、類似した製品を生み出したりする競争相手を生み出すデメリットの双方があることだろう。

これから数十年単位で日中の関係を見る上でも、『本当は日本が大好きな中国人』は日本人の中国に関する盲点をしらみつぶしにし、膨大なデータを提供しながら多くの発見を与えてくれる良書である。そして何よりも、どこよりも面白い国、中国についてのネタ満載の、福島香織が書いた最も楽しい本なのである。
  Kindle版



コメント
コメントする









 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://mkamiya.jugem.jp/trackback/450
 

(C) 2017 ブログ JUGEM Some Rights Reserved.