つぶやきコミューン

立場なきラディカリズム、ツイッターと書物とアートと音楽とリアルをつなぐ幻想の共同体
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ヤマザキマリ『国境のない生き方』
JUGEMテーマ:自分が読んだ本  文中敬称略  ver.1.02




ヤマザキマリ『国境のない生き方 私をつくった本と旅(小学館新書)は、漫画家である著者が知的・地理的遍歴を縦横無尽に語りまくった私小説的人生論である。

最近ではライフスタイルとしてのノマドが流行りだが、実際には日本に住居と経済拠点を置きながら、世界を旅行したり、ビジネス展開を行っているのがほとんど。さらに、そうしたライフスタイルに憧れ、型だけ真似をしている人も少なくない。しかし、ヤマザキマリの場合は、世界を転々と移動しながら、現地で仕事をし、恋愛し、子育てまでしてきた筋金入りのグローバルノマド。ノマドは、そういった生き方にことさら憧れたわけでなく、物心がつくかつかないかのうちに世界に放り出されて、そこでサバイバルゲームを繰り返す中で、自ずと身についた第二の本性のようなものなのである。

ボーダーレスな生き方を、子どものころから強いられたヤマザキマリ。何といってもヴィオラ奏者である母親の影響が絶大だったようである。

可愛い子には旅をさせろとはよく言われるが、年端もいかない十代の少女を、一人で宿泊先の手配もないまま海外へと送り出すのだから、非常識を通り越して、この世離れした発想の持ち主である。現地の人さえあきれたこの旅で出会った老人マルコとの出会い。それがのちに『テルマエ・ロマエ』につながるさらなる出会いにつながるから人生はわからない。

ヤマザキマリにとって旅と読書は切り離せるものではない。出会った先で、出会うのは、どれも人生の枠からはみ出さざるをえないような生き方をしている変人ぞろい。そして彼らがもたらす様々な文学や芸術作品との出会いがそれに伴う。

絵画の勉強へと向かったイタリアでの詩人ジュゼッペとの出会い。赤貧にあえぎ死ぬような思いを潜り抜けながらも知的には充実していた。作家ピエロ・サンティ主宰の「ガレリア・ウプパ」に出入りする中で、パゾリーニの映画に惹かれ全作をとりつかれるように見たり、イタリア訪問中のタルコフスキーを訪ねたりもした。そんな中で知ったガルシア・マルケスの『百年の孤独』やプイグの『蜘蛛女のキス』。このフィレンツェ時代には、安倍公房を周囲に勧められたり、北海道の学生時代に耽読した三島由紀夫の作品との再会もあった。つげ義春の漫画や、島尾敏雄の『死の棘』にはまったのもこの時代である。

 

 

 とにかく貪るように本を読んだし、あんな読書は後にも先にもない。活字こそが、限度を超える貧乏学生暮らしをなんとかやりくりしていた、あの頃の私の支えでした。あれはもう、ただの読書ではなかった。自分を支える言葉を見つけたくて、すがるような気持ちで真剣に読んだからこそ、一行一行が骨身に沁みるようでした。本だけじゃない、そこで出会った人たちが、のちの私をつくるたくさんの種をまいてくれたのです。p89


詩人との同棲生活は経済的に破綻し、ボランティア活動でキューバに行った時に身ごもった息子にはアルセーニエフの『デルス・ウザーラ』(のちに黒澤明によって映画化)からデルスと名づける。新人漫画賞で十万円の賞金を得て、日本に帰国し、漫画家生活のスタートを切る。帰国後は、折しものイタリアブームで、漫画家に加え、大学では語学に加え、ルネッサンスやイタリア映画も講じる傍ら、テレビで「ヤマザキマリの週末はイタリアン」という番組まで持つ十足のわらじ。

デルスの出産後8年にして、初めてのヨーロッパへの旅で出会った老人マルコの孫のベッピーノと意気投合して結婚。シリアのダマスカスで一年滞在し、この転機をきっかけに『テルマエ・ロマエ』の着想も生まれた。

越境する旅の習慣そのものが、地球レベルの視野を与えたとも言えるが、ヤマザキマリは単なる書斎派のオタクであったわけではなく、むしろ北海道は千歳周辺の川や湖で遊びまわり、流れの急な川で泳ぎ、ヤツメウナギやウグイを手づかみにする野生児の生活、とってきた蝶やトンボを可哀想と家の中で放し飼いにして、母親に悲鳴をあげさせた。ラーゲルレーヴの『ニルスのふしぎな旅』で、鳥の生活にあこがれ、テレビ化もされた手塚治虫の『ジャングル大帝』に胸をときめかせた。

同時にSF的な世界へもはまり、藤子・F・不二雄の『21エモン』を愛し、それはのちの小松左京の諸作へと広がってゆく。しかし、ピュアなSF世界にとどまらず、宜保愛子や川口浩のジャンク感あふれる日本へのこだわりもまた捨て去ることができなかった。

この本の中では、著者の歴史を彩る驚愕のエピソードも紹介されている。

イタリアに行く前にはお茶の水の喫茶店「ウィーン」でアルバイトをしたが、スキンヘッドでコム・デ・ギャルソン風の黒い穴あきワンピースで給仕を行った。周囲が怖がる中、ピラニアのいるアマゾン川で泳いだ。テレビの料理番組では床に落ちたニンニクをフライパンに戻し、それが大受けした。

 

 

 

 

「ヤ、ヤマザキさん、それ、そのまま、入れようとしてます?」
「大丈夫です、火を通しますから!」と強引に進行。p160


さらに沖縄で経験した、世にも不思議な怖い話。とある古民家に泊まった時の出来事である。シーサーの下にお札が貼ってあり、家の奥にもやはり同じような長い紙がある。「絶対に何かあったにちがいない」。案の定、その夜眠れない。そして顔を合わせた大家さんは「何も起こってないですか」と聞く。そして裏山へ出かけてみると…

いつの日か、この場所について、そこに生きた人について、作品化することになるだろうと著者は予告する。

生き延びるために、世界を必死で動き回るうちに、すべての悩みなんてハナクソみたいなものという、おおらかな諦観のようなものが身につく。何よりも、自分の殻を壊す経験を世界で積むことが大事なのだ。だから、自分の殻にこもる若い人はとてももったいないと考えずにはいられない。

 

 

 

 

 欲がなく、恋愛に興味がなく、旅行にも行かない。傷つきたくないから、興味のない人とはつき合わない。ずっと安全圏にいるから、閉じていることに対する危機感を抱いたこともない。楽しいんですか、それで?思わず訊いてみたくなります。p223


『国境のない生き方』は、知らない場所との出会い、自然との出会い、人との出会い、そして本や映画との出会いへと誘う。そして、著者が偏愛する、古今東西のカルチャーとサブカルチャーのエッセンスが溶け合った、モダン焼き風の人生論なのである。

関連ページ:
エッセイ
ヤマザキマリ『男性論 ECCE HOMO』
コミック
ヤマザキマリ×とり・みき『プリニウス 供
ヤマザキマリ×とり・みき『プリニウス 機
ヤマザキマリ『スティーブ・ジョブズ 機
ヤマザキマリ『テルマエ・ロマエ 此
ヤマザキマリ『世界の果てでも漫画描き ▲┘献廛函Ε轡螢∧圈

 

 

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