つぶやきコミューン

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大塚明夫『声優魂』
JUGEMテーマ:自分が読んだ本  文中敬称略 ver.1.01


大塚明夫『声優魂』(星海社新書)は、『ブラックジャック』の主演、『攻殻機動隊』のバトー役などで知られ、洋画吹き替えとアニメ両面で活躍する声優大塚明夫氏の職業論・人生論である。

いきなり冒頭に飛び出すのは、「声優だけはやめておけ」という主張だ。この言葉は、本書の至る所で繰り返される。

なぜ声優になろうなどと考えてはいけないのか。

長い拘束時間の割にあまりに安い収入、コンスタントに仕事が来るわけではなく、ローンも組めないような不安定な状態、自ら仕事をつくれるわけでもないし、ひたすら仕事が来るのを待つしかない。たとえ人気が出たとしてもどんどんと使い捨てられてゆく短命さもある。しかも身体がすべての世界、健康を損ねてしまうと一発でアウトになってしまう。職業として声優を選ぶのはあまりにリスクが高く、しかもそれで大金持ちになれる見込みはほとんどない。ハイリスク、ローリターンの世界であると大塚明夫は言う。

こんな風な状態になったのは時代のせいもある。かつてはここまで競争が厳しくはなかったのだ。

 例えるならば六〇年代は、五十しかない椅子に、五十人の役者が余らず座っているような状態でした。「声だけが必要とされる仕事」が先にあり、それを埋めるため、各配給会社が新劇の舞台役者や売れないテレビ俳優を引っ張ってきていたので余りようがないのです。「声優なんてのは売れない役者の成れの果てだ」と見なされていた時代の話です。
 では今はどうかというと、三百脚の椅子を、常に一万人以上の人間が奪い合っている状態です。
(…)
 極端な言い方をすれば、声優になったところで、もらえる仕事自体はろくにないということです。そうすれば当然生計も成り立ちません。しばしば噂されているらしい「声優の多くはアルバイトとの掛け持ちで活動している」という話はまぎれもない事実です。
p18

そして、長く職業として声優をやってゆこうとすれば、何よりも「才能」が大事である。努力によって超えることのできない壁がそこにある。努力によって誰もが高山みなみ林原めぐみになれるわけではないのだ。
 
 そこそこ才能のある人間が努力を重ねてやっと到達する領域に、いとも簡単に届いてしまう傑物がごく稀にいます。林原めぐみさんや高山みなみさんはそういう人種です。彼女たちの芝居はすごい。実際に見ている私も心からそう思います。芝居の勉強をしたことがなかったのに何でこの領域にいるの?とぎょっとしてしまうような役者なのです。

 そして、才能のない人間がどれだけ努力を重ねたところで、その領域には決して届きません。努力だけでもある程度まではいきますが、その先の一線を越えるには「才能」というパスポートがどうしても要るのです。p34

こと声優に限らず、広い意味での役者の世界で生き延びてゆくのは、到底普通の人には不可能である。

 もっとはっきり言えば私は、芝居の世界で本当に生き延びられるのはこのような人たちくらいだと思っています。

1.誰もが認める圧倒的な才能を持つ天才

2.まっとうな生産社会を諦めた、他に行く場所のない人間たち

pp39-40

才能に加え、情熱や技術、運まで含めて色々な要素がバランスよく成立して初めて可能になるのが声の仕事なのである。

大塚明夫の父もまた『ゲゲゲの鬼太郎』のねずみ男などで有名な声優の大塚周夫である。そして、デビュー時には父の友人の納谷六朗の紹介をへて追い風気味のスタートを切ることもできた。親の七光りには光と影の両面があるが、そんな大塚明夫でも、30くらいまで土木のアルバイトを続けざるを得なかった。

もちろん、声優の世界を否定しているわけではない。声の仕事の世界は素晴らしいから、生涯続けていたいと思っている。

「声優だけはやめておけ」と著者が繰り返す理由は、声優になろうとする人の意識の甘さにある。モチベーションがきれいごとで、本音ではないし、また障害にぶつかった時の耐性もなさすぎる。さらに、当然やるべき努力をやっていないのである。

夢をめざそうとするのはいい。たとえそれがチヤホヤされたいというものであっても。だが、その目標に、この世界が向いているのか、もっと他の容易な道がないのか。そこで何があっても粘り抜いて、仕事をやり続けるだけの覚悟がほとんどの声優志願者には欠けているのである。本気で仕事をとろうとする気持ちが希薄な人があまりに多いと大塚明夫は言う。

多くの有名声優の本を読んできたが、ここまで声優世界の厳しさを書いた本はかつてなかった。というのも、本を出すほどの有名声優は、際立った才能の持ち主で、人生の回り道も最短距離で進んできたからである。だから、一般の声優志願者の置かれた厳しい状況を、身をもって感じているわけではないのである。

本書の中には、声優をめざす人に対する厳しい言葉が山のように並んでいる。そして、死屍累々たる声優志願者の例を知りつつ、それでもやりたいと言う人に対する真摯な忠告もある。それだけ声の仕事に情熱と努力を傾けてきたがゆえに可能な言葉の熱量に読者は圧倒される。

それでもあきらめない声優志望の若者に対する最大のアドバイスは、声づくりより役づくりということだろう。

  声優とは、いい声を出すことに価値があるーー。
 そんな誤った考え方が蔓延しているのではないか、という危惧は近頃ずっと抱き続けてきました。現場で若手の演技を見ていても、「いい声を出そう」という部分に意識が向かっているなと感じることが多いのです。
 こういう若手ばかりの状況では、私の仕事が途絶えることはありません。「声の芝居」の捉え方が根本的に違うからです。
 我々の仕事は「声づくり」ではありません。「役づくり」です。
 この部分を取り違えている限り、いい芝居に近づけることはないと思います。

pp96-97

『声優魂』は、芸能界志願者、声優志願者だけでなく、洋画やアニメ、広い範囲の声の仕事を愛するすべての人にお勧めしたい一冊である。

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