つぶやきコミューン

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岩田健太郎『サルバルサン戦記』
JUGEMテーマ:自分が読んだ本    文中敬称略

何、これ?めちゃ、面白いやん。
第二の海堂尊の誕生?
田舎出の医学者が、世界に出て、初めての抗生物質を発明し、
梅毒から人類を救う!

いかにしてその発見はなされたのか。
そこに至るまでの困難は何なのか。

その途中で出会う森林太郎、志賀潔、野口英世ら医学史に残る燦然たる
スターたちの姿を、その内心の葛藤に至るまで、臨場感豊かに描きつくす。

やがてあの世の住人たちが、時空を超えて、医学の歴史を、そして現在の世界を朝生よろしくぶった切る奇想天外な展開に読者は驚愕するだろう。

 
岩田健太郎『サルバルサン戦記 秦佐八郎 世界初の抗生物質を作った男』(光文社新書)は、ドイツに渡りパウル・エールリッヒとともに梅毒の特効薬である「サルバルサン」を開発した医学者秦佐八郎の半生を描く、伝記的ノンフィクションノベル&ファンタジーである。

通常、伝記的なノンフィクションは、幼少時代の出来事から時系列で進んでゆくが、『サルバルサン戦記』では、ドイツに渡りエールリッヒのもとで、抗生物質の開発に取り組む場面から始まり「サルバルサン戦記」と、そこに至るまでの医師としての自己形成の記録である「サルバルサン前記」が交互に展開するようになっている。よほどの有名人でない限り、実際の活躍に至るまでの幼少期のエピソードなどから始めると読者は退屈してしまうし、医師として活躍した後で、過去を遡るのも気の抜けたサイダーのようで、テンションが下がってしまうものであるから、練り上げられた構成である。

医学者としての研究態度とそこに至るまでの人間的学問的な足跡を並行して展開することで、適度な緊張感を維持しながら、秦佐八郎そして同時代に活躍した医師、森林太郎(鴎外)、志賀潔、野口英世といった医学界に燦然と輝くスターたちの個性や交流とともに、鮮やかに浮き彫りにしてゆく。

本書の冒頭で「本書は史実をもとに作られた物語であり、実在しない人物、場面、会話が含まれています」とあるように、これまで伝記などに記されている実在のエピソードをつなぐようにしながら、おそらくは全くの虚構であるかもしれない臨場感あふれる会話や心情をの吐露を通じて、医師としての秦佐八郎と、対照的な生き方をした森林太郎(森鴎外)や、同門の野口英世の個性や思想の違いを描きだす形をとっている。だから、どこまでが事実であり、どこからがフィクションなのかよくわからないのである。

会話として交わされる医学者たちの言葉や独白などの多くは、おそらく個人の足跡や、数々のエピソード、論文などから帰納的に導き出されたものであろう。そこで特に著者がこだわっているのは、医学者としての姿勢や内に抱えたドラマである。そして、著者と同じ島根県に生まれ育った秦佐八郎の思考には、著者の考えが強く反映されていると感じる部分もある。

だから冲方丁の『天地明察』『はなとゆめ』のように、可能性はあったが、現実的にはなかった場面、会話そして歴史的に無名の人間の創作があると考えて、読者は読み続けることになる。

しかし、あるところから当初の伝記的ノンフィクションノベルの範囲を逸脱してしまうのである。登場人物にありえない邂逅が生じ、当時知りえない話題が飛び交うようになり、時間を超えた俯瞰的医学論になったり、文明論となったりするのである。

それではどこまでがノンフィクションノベルで、どこからがファンタジーなのかわからないと不安に感じる読者もいるかもしれないが、一つのお約束がある。

ヤマザキマリの『テルマエロマエ』で、主人公のルシウスが時空を飛び越えてありえない事柄に遭遇するのは常に風呂を通じてであるように、このルバルサン戦記』がファンタジーの世界に入るのは、常に酒の席を通じてである。

なぜ、このような工夫がなされたのであろう。著者が小説家であれば、すべてが虚構であるとみなされるが、現役の医師である著者が書くと、すべて資料とみなされてしまう可能性がある。しかし、記録に残った事実だけを再構成するのでは、秦佐八郎の医師としての内的な世界や思想に肉薄することができないと考えたのではないか。したがってもっともらしい虚構の場面を挿入しながら、それらを史実として信じられないように、本書のステータスを宙づりにするために、あえて明らかに出鱈目とわかるありえない遭遇やアナクロニックな会話を一部挿入したのではなかろうか。

本書の中で真実を描くのに著者岩田健太郎が用いたのは次の三つである。
一つは、事実そのもの、
一つは、事実のように見える嘘、
そして、もう一つは明らかな嘘の中にまじえた真実である。


『サルバルサン戦記』は、虚実を超えて、真実を読み取るリテラシーが読者に求められる快著である。

関連ページ:
岩田健太郎『「感染症パニック」を防げ!』

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