つぶやきコミューン

立場なきラディカリズム、ツイッターと書物とアートと音楽とリアルをつなぐ幻想の共同体
<< November 2017 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 >>
 
RECENT COMMENT
RECENT TRACKBACK
@kamiyamasahiko
MOBILE
qrcode
PROFILE
無料ブログ作成サービス JUGEM
 
岩崎夏海『『もしドラ』はなぜ売れたのか?』
JUGEMテーマ:自分が読んだ本  文中敬称略



岩崎夏海『『もしドラ』はなぜ売れたのか?』(東京経済新報社)は、270万部を越える大ベストセラーとなった『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』(以下『もしドラ』)の成立に至るまでの経緯をたどるドキュメンタリーである。見かけは、一種のノウハウもののビジネス書のように見えるし、実際『もしドラ』をベストセラーにするための方法も、漏らさず述べられているのだが、それは書く前の仕掛けの段階からの思惑としてであり、事後的に一般化されたものではない。むしろ、この本は作家を目指した男の挫折と再生の物語であり、ルソーの『告白』のような、魂の告白なのである。

本書は、著者が放送作家の師匠である秋元康より戦力外通告を受ける日の思い出から始まっている。

 それは二〇〇六年八月末の、とても暑い日のことだった。ぼくは、師匠である秋元康さんから会社に呼び出され、次のように言われた。
「もうおまえを放送作家として雇っておくことはできなくなった。そのため、明日からはおれの運転手として働いてもらうことにする。それがいやなら、残念だが、うちの会社は辞めてもらう」
 それを聞き、ぼくはこう思った。
 とうとう来たか……
 p12

ずっとクリエイターを目指してきた著者にとって、これは完全なる敗北を意味した。清水谷公園で、その意味をかみしめたこと、それが著者に『もしドラ』を書かせた転機となったと言う。

『もしドラ』はなぜ売れたのか?その理由を、時代の潮目を読んだからだと著者は分析する。ちょうど2006年ころに世界的ベストセラーになり、映画化もされたある小説がモデルになった。その作品は「アーカイブを利用する」、つまりコンテンツ内で先行するコンテンツをそのまま活用することからなっていた。さらにそのコンテンツはアカデミックな性質を帯びたものであった。そうすることで、誰もが知っている人物の知られざる側面にスポットをあてることで注目を集めたのだ。さらに、そこに意外なものを組み合わせようと考えた。意外なものとはこの場合、女子高生である。それも高校二年でなければいけない理由があったのだ。こうして出来上がった『もしドラ』の原型は、当初リハビリ目的のブログで発表された。毎日記事を更新し、PVを追ううちにコンテンツに窮し、温めていた企画を記事にして発表することにしたのである。

『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』という長大なタイトルも、ネット上のニーズから生まれた。そう、バズるために多くのキーワードを含んでいることが必要だったのだ。さらにその中には、意外な組み合わせを含んでいることが大事であった。こうした工夫を積み重ね、ネット上での小さなチャンスが一つ二つと生まれる中で、『もしドラ』はいつしか書籍化への過程をたどってゆく。

しかし、それまで書かれたものは完全に破棄され、編集者とともに一から作り直されることになる。そのころからすでに著者は二百万部という数を口にしていたのである。そのための、様々な秘策を著者は明かしてゆく。著者が何よりも、こだわったのは、文体であった。当初の『もしドラ』は次のような文体で書かれていたことも、読者は初めて知ることになる。

 あなたはチームを強くしたいと思ったことはありませんか?あるいは組織を強くしたいと思ったことはありませんか?
 私はあります。それはもう、切実にそう思ったことがありました。
 しかし私は、その方法を知りませんでした。
 その頃、私は高校二年生でした。東京都内の都立高校に通う女子高生で、野球部のマネージャーをしていました。
p160

アカデミックなアーカイブを利用するという、当初の企画を最適化するためには、ある映画の原作を、文章の手本にして、この一人称体をもっとドライで、客観的な作品へと書き換えることが必要だったのだ。こうした読みが的中する中で、次第に『もしドラ』は大ベストセラーへと成長してゆく。

『もしドラ』がなぜ売れたかについての分析は、『まずいラーメン屋はどこへ消えた?』でも書かれているが、このビジネス書的なアプローチはあまり成功しなかったようだ。今度は、総花的なマーケッティングの本ではなく、私小説的な告白形式で勝負しようと著者は考えた。その成果がこの『『もしドラ』はなぜ売れたか?』である。

本書の魅力は、単にベストセラーを生み出す方法論だけでなく、人間岩崎夏海がさまざまな壁、自分の弱さを直視する中で、強みを見出し、それを成功へとつなげてゆこうとする葛藤や苦悩の歴史にある。

個人的には、『もしドラ』よりも断然面白く、二時間ほどで一気に読み切ってしまった。なぜなら『もしドラ』
の中の登場人物の葛藤や苦悩はフィクションだが、本書の中で繰り広げれる感情のドラマは生身の人間のリアルな感情だからだ。欠点の自己分析などは、私たち読者の弱点と重なり合って、ぐさぐさと心に突き刺さってくる。成功に至るビジョンや戦術の周到さも、追体験することで勇気やヒントを得られる読者もいることだろう。クリエイターとして壁にぶつかっている人、人生の転機にさしかかっていると感じている人には特に勧めたい一冊である。



PS なお以下の記事(東洋経済オンライン)では本書には書かれていないヒット後の後日談が語られている。
関連ページ:
部屋を考える会『部屋を活かせば人生が変わる』(部屋を考える会)
岩崎夏海『まずいラーメン屋はどこへ消えた?』

コメント
コメントする









 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://mkamiya.jugem.jp/trackback/408
 

(C) 2017 ブログ JUGEM Some Rights Reserved.