つぶやきコミューン

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アレックス・カー『ニッポン景観論』
JUGEMテーマ:自分が読んだ本  文中敬称略



こと観光地に限っても、日本の景観はノイズが多く、美しくない。千年を超える建築物群からなる奈良や京都の世界遺産のすぐ隣に、趣味の悪い看板が乱立する。電線や電柱が間近に望む富士山の美しい眺めを妨げる。明治時代の歴史が感じられる木造家屋の近くには無作法なマンションが立ち並ぶ。

日本の原風景とも言える里山の世界も同様である。その場に似つかわしくないコンビニやファミレスの建物や看板が割り込み、小川のせせらぎは護岸とダムによって台無しになる。お金が投じられれば投じられるほど、景観は醜くなる。

工業化によって国が潤った時代は去り、日本は観光大国として売り出すのが今後の経済発展のための最有力なソリューションの一つであるにもかかわらず、こうした景観意識の低さは大きな損失であるにちがいない。このへんで景観に対する意識を、個人のみならず社会全体で変え、住民にとっても、観光客にとってもより快適な風景が広がる日本へと脱皮をはかることが、大きな課題となっているのである。国民レベルでの景観意識の低さ、社会的議論の未成熟に対して、一石を投じる本、それがアレックス・カー『ニッポン景観論』(集英社新書ビジュアル版)である。

著者は1964年に12歳のころ、日本で過ごして以来、日本文化に魅了され、イェール大学、慶応大学、オックスフォード大学で、日本や東洋の文化と言語に関する造詣を深め、1977年以来日本に在住している日本通である。それも亀岡の外れの矢田天満宮境内の築四百年の家屋に住むという念の入れようだ。さらに、祖谷の築三百年の藁葺家屋を入手までしている。

景観が損ねられるのは、単に商業的な施設や広告だけではない。公共の工事、電柱や送電線よってもである。世界のトレンドは、地下埋設なのだが、様々な規制と利権によって、遅々として進まないのが現状だ。

 埋設工事の費用は本来、日本のみなさんが思っているほど高いわけではありません。天下りが関与する会社に工事が独占的に任され、かつ、硬直した時代遅れの規制によって、安価な埋設方式開発が妨げられているので、工事費用が本来の適正価格の2倍、3倍と、無理に高くなっているのです。p26

商業的な広告に加えて、観光地の標識やスローガンの類も、「視覚汚染」を広げる元凶の一つである。「きれいにしましょう!」という広告そのものが風景を醜いものにしている。本書での半ばはそうした滑稽な美辞麗句によって風景が台無しにされた写真のオンパレードであり、日本の病的な現状を考えさせずにはおかない。

切り崩された崖、コンクリートで固められた斜面、それらは年次の予算の消化のために造られたつぎはぎだらけの醜い姿に、日本の山野を変えている。近代化、大きなものの建築の神話が今もなお生き残っているのが日本という国なのだ。

  先進国が環境に敏感になり、コンパクトな土木工事を目指す時期に、日本は大きく、太く、厚く、真っ白にピカピカ光らせて、できるだけお金をかけたものが偉大な技術なのだ、という錯覚に陥りました。奇抜で巨大な土木構造物は、後進国では「それこそが文明」と喜ばれます。しかし、日本以外の先進国では数10年前から方向性が変わり、自然と歴史環境、美観に配慮し、かつ費用も規模も極限まで抑える技術の研究が進んでいます。日本の技術は数10年前の技術を拡大しただけで、先進国が追求しているような新しい技術は取り入れられていません。皮肉なことに、世界に冠たる日本の土木技術は、巨額の税金を使って技術を磨き抜いていくうちに、世界の潮流から遅れてしまったのです。p71

景観の破壊に大きく寄与しているのが、林野行政である。建築資材の杉に偏った造林は、雑木林を消滅させ、一面の紅葉を山奥から追放してしまった。単一樹植林は治水の面でもマイナスで、環境にダメージを与え、多くの人々が杉花粉症で苦しむ結果をももたらしたのである。

著者は、観光地の新たな開発を否定するわけではない。「古いもの」と「新しいもの」のゾーニングというヨーロッパではすでに常識となった方法の徹底こそが必要なのである。両者の棲み分けがなされず、しっとりとした「古いもの」の隣にけばけばしい原色の新しいものが並ぶ現状こそを買えることが、観光資源のポテンシャルを最大化させるものなのだ。

日本が観光大国になるためには、ハードではなくソフトウェアの更新こそが必要である。古びた家屋や石垣があり、電線や電柱のない田園風景に見せられるのは欧米人だけではない。古民家を改築した宿泊施設を求める8割が日本人であるという事実がそれを裏付けている。

著者が『ニッポン景観論』で主張するのは、建築や開発の否定ではなく、別のかたちでの建築や開発の推進である。それは日本の自然遺産と歴史遺産のポテンシャルを最大化することをめざす。場違いな箱モノや建造物を新たに加えるのではなく、本来その土地にある価値あるものに目を向け、それを最大限に生かす道を見つけることこそ、日本を、人口減少を迎える地方を、明るく変える最大の切り札の一つと言えるだろう。

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