つぶやきコミューン

立場なきラディカリズム、ツイッターと書物とアートと音楽とリアルをつなぐ幻想の共同体
<< November 2017 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 >>
 
RECENT COMMENT
RECENT TRACKBACK
@kamiyamasahiko
MOBILE
qrcode
PROFILE
無料ブログ作成サービス JUGEM
 
岩田健太郎『「感染症パニック」を防げ!』
JUGEMテーマ:自分が読んだ本



感染症はウイルス等によって広がりを見せるが、それに劣らず、感染症をめぐる報道や情報も、同じような勢い、あるいはそれに勝る勢いで、広がり、様々な波紋を社会に引き起こす。時には感染症そのものよりも大きな混乱、パニックを引き起こすことがある。新聞やテレビ、ラジオといったマスメディアのみならず、ツイッターなどソーシャルメディアによって、情報が瞬時に誰にでも伝達可能な現代においては、感染症をめぐる報道や情報自体が、大きな社会的リスクとなっている。

この夏は日本各地でデング熱の発病患者が話題となり、さらにエボラ出血熱の世界的な流行が危惧される中で、いかにして感染症に対応すべきか、さらにその情報をどう伝えるべきなのか。この問題を、医療・行政・報道など多面的な角度から論じたのが、神戸大学教授で、神戸大学病院の感染症内科診療科長でもある、岩田健太郎氏による『「感染症パニック」を防げ! リスク・コミュニケーション入門 (光文社新書)である。

岩田氏は、2001年のアメリカで「炭疽菌によるバイオテロ」対策に関与、2003年には北京で「SARS」対策に従事、2009年には神戸で見つかった「新型インフルエンザ」症例の対策にも関わり、一連の経験から次のことを学んできた。

 感染症のリスクを扱うときは、単に患者を診断し、病原体を見つけ、その病原体を殺して治癒する以上の何かが必要であると。感染症の実被害以上に問題となる「パニック」と対峙することが大事であると。
 それはすなわち「コミュニケーション」を扱うことと同義であります。
 もちろん、パニックが起きさえしなければよい、というものではありません。逆に感染症のリスクに不感症になって、リスク回避行動を全くとらないのも困ります。
pp5-6

感染症に関する情報を扱う際には、パニックを回避しつつも、人々に感染症にかからない努力を促すという、二つの相反する要素のバランスをいかにとるかということが重要なのであり、それこそがリスク・コミュニケーションの本質なのである。

パニックを防ぎつつも、必要な回避行動を促すという、リスク・コミュニケーションは単に感染症だけではなく、たとえば東日本大震災における津波や福島第一原発事故のような天災や人災の場合でも同じように必要な技術である。

行政の場合には、責任を回避するという意味で、過剰な回避行動を促す傾向がある。たとえば、日本脳炎にかからないために、真夏でも外出時は長袖・長ズボンの着用を促すといった呼びかけである。こうした過剰防衛的な呼びかけは、現実離れしているので、逆に人が耳を傾けなくなるおそれがある。

また、マスメディアの場合には、雑誌の売り上げやテレビの視聴率アップを狙った煽りのために、センセーショナル伝え方になりがちという報道バイアスがつきまとう。対応に追われ疲弊した医療現場の当事者を定期的に拘束するような記者会見も、過労から来る誤診や要員の脱落などの現場の混乱を引き起こし、対応の遅れにつながるおそれがある。

どのように「感染症」をめぐる情報のマネジメントを医療関係者は行うべきなのか?その基本的な考え方や技術の骨子が、本書の中ではほぼ網羅する形で、述べられていると言ってよいだろう。正しいリスク・コミュニケーションのためには、何が行われるべきであり、何が行われるべきでないのか、どの程度の厳密さで行われるべきなのかが、明確なロジックで示されている。

感染症への対応に関しては、プロである医療従事者が、素人である官僚の指示に従って動かざるを得ない問題点も指摘されている。霞ヶ関にアドバイザーはいて も主に微生物学者であり、現場の臨床的な知識や技術を持っている場合は少なく、このような現実から遊離した「机上の空論」にしたがって現場の医師が動くのは愚の骨頂であり、社会制度の変更が望ましい。

本書の中では様々なリスク・コミュニケーションに関する様々な外来の用語が紹介されている。それらの用語を中途半端な形で要約するのは誤解のもとなので割愛するが、第一に重要なのは「だれが聞き手なのか」「状況はどうなっているのか」「なんのためにやっているのか」という三つのポイントである。それによってリスクの伝えかたも違ったものになる。そして、次に重要と思われるのは、次のようなリスクの二軸による評価である。一つは千年に一度の大地震のような「リスクが起きる可能性」「起きたときの影響の大きさ」、一つはバイオテロの場合のような、現実の「危険の大小」と、それが引き起こす感情である「怒りの大小」、そしてもう一つは目の前の大津波のような、本人に対する「関係性の大小」と、「重要性の大小」といった概念の区別である。一般の報道や巷の噂では、こうした区別されるべき概念がないまぜに論じられることで、議論が収拾がつかなくなったり、混乱が生じる可能性がある。だから、リスク・コミュニケーターは自覚的に評価、伝達を行う必要があるのである。

さらに、第二章の実践編ではエボラ出血熱やSARS、デング熱など、具体的な感染症に関する基礎知識と対応の方法が、「どの感染症が」「病原微生物は」「いつ起きているのか」「どこで起きているのか」「何人に起きているのか」「死亡者はそのうち何人か」「臨床症状は」「感染経路は」「潜伏期間は」「日本で、あるいは日本の特定の地域におよぼす影響はあるのか、あるとすればどのくらいか」「診断方法は」「どのように治療するのか」「治療効果はどのくらいか」「どのように予防するのか」「予防効果はどのくらいか」「どうやって今回の問題を終息させるのか、その見通しは」「法律的な分類は」という多くの項目に分けながら、簡潔にまとめられている。現場の医師でも、これらの問いにすらすらと答えられる人はまれであろう。それだけに、一般人のみならず、専門家にとってもありがたい内容である。

本書は、当然感染症のリスクに直面する一般読者にとって重要な内容が盛り込まれているが、それ以上に現場の医師や、行政に関わる官僚、その制度変更の力を持つ政治家、さらにメディアで感染症をめぐる報道に携わるすべての人に読んでいただきたい、感染症リテラシー、そしてメディアリテラシーの基本書である。

関連サイト:
岩田健太郎氏による自著紹介:「感染症パニック」を防ぐために。

コメント
コメントする









 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://mkamiya.jugem.jp/trackback/395
 

(C) 2017 ブログ JUGEM Some Rights Reserved.