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東野圭吾『マスカレード・イブ』
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東野圭吾『マスカレード・イブ』(集英社文庫)は、2011年に発表された『マスカレード・ホテル』の前日談(この言葉は、まだ辞書に出ていないような最近使われだした言葉であるが、「伏線」や「序章」など他の言葉がしっくりこないので使うことにする)に当たる物語である。

前作の『マスカレード・ホテル』は、捜査一課の警部補新田浩介が、ホテルで起こると予想される殺人事件を未然に阻止するために、ホテルのフロント係に扮し、潜入捜査を行う話である。そこで新田のサポート役を務めるのが、同じフロント係の山岸尚美であった。帰国子女で見てくれこそ精悍だが、傲岸不遜な態度、ぞんざいな服装から刑事にしか見えない新田を、一から教育するのに山岸は四苦八苦するが、顧客の課する様々な無理難題を解決する中で、新田もいつしか完全なホテルマンとなりきりながら、事件を解決へと導く―というのが『マスカレード・ホテル』の大体のストーリーだ。

『マスカレード・イブ』では、「それぞれの仮面」「ルーキー登場」「仮面と覆面」「マスカレード・イブ」の四つの物語からなっていて、新田と山岸が出会う前の、それぞれが遭遇した四つの事件の謎を解き明かすことで、二人の人間像を浮き彫りにしようとする。作者がこんな仕掛けをするのは、当然シリーズ化を考えているからだろう。しかし、刑事がホテルマンに扮するシチュエーションなどそうざらにあるわけでもない。それに、あまり話を進めてから、過去を設定しなおすと、つじつま合わせに苦労するので、早いうちにそれぞれの生い立ちや前歴を詰めておいた方がよいと判断したと考えられる。

『マスカレード・イブ』の主人公は、新田浩介よりも山岸尚美である。彼女は、お客の言動や要求から、彼らの置かれた複雑な状況を推察し、相手のプライドを崩さない最適なソリューションを考えだし、ホテル内のトラブルを未然に阻止する、あるいは被害を最小に抑えることのプロフェショナルである。刑事は、犯人の正体を見破り、暴くことを使命とするが、ホテルのフロント係は、その正体を見抜きながらも、暴かれないようにすることが仕事である。最終着地点は相反するにもかかわらず、山岸尚美が探偵役として活躍する理由がここにある。そして、プロフェショナルとして、様々な経験を経た山岸の洞察力は、不用意な格好で現場に現れ、不審尋問でつかまるという失態をしでかす、駆け出しのころの新田を凌駕する。

「それぞれの仮面」では、ホテルの男性客の一人が、山岸のかつての恋人であったという設定である。かつて不動産業界で働いていた宮原隆司は、今は大山将広という野球の元有名選手の付き人をやっていた。彼から、突然部屋から女性が失踪したと告げられ助けを求められるが、山岸はその事件の真相を見抜くのである。

「ルーキー登場」は、捜査一課に配属されたばかりの新田の手がけた事件を描くストーリーである。ジョギング中に会社社長の田所将一が殺された。現場に残された手がかりを頼りに、新田はある男に突き当たる。その事件の裏にある秘密とは?

「仮面と覆面」では、数人の宿泊客のグループが一人の客をマークしていて、そのターゲットが「タチバナサクラ」という作家であると知る。不穏な予感をおぼえた山岸は、トラブルを未然に阻止すべく、編集者を通じ、その作家とおぼしき人物と接触しようとするのだったが…

「マスカレード・イブ」では、いよいよ山岸と新田の運命の糸が遠い場所でからみ合う。それは、山岸が、ホテルコルテシア大阪で働いていたころの話である。泰鵬大学理工学部教授の岡島孝雄が大学構内の駐車場で発見された。容疑者として浮かび上がったのは准教授の南原定之。しかし、彼は事件当日、大阪で女性と会っていたらしい。そのホテルこそが、山岸のいるホテルコルテシア大阪だったのだ。

『マスカレード・イブ』の面白さは、ただ、犯人をつきとめればいいという刑事とは対照的に、相手の素性や事情を推察しながらも、相手のプライドを保ち、その仮面をはがさぬように努めるホテルフロントの究極の接客ノウハウにある。その仮面も、実は一つではなく、二重三重になっているとき、女探偵山岸尚美の機知と機転がフル回転する。特に、「仮面と覆面」は、私たちに人間社会の複雑さとそれに対応する知恵までも教えてくれる教育的傑作である。

関連ページ:
東野圭吾『祈りの幕が下りる時』
東野圭吾『夢幻花』


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