つぶやきコミューン

立場なきラディカリズム、ツイッターと書物とアートと音楽とリアルをつなぐ幻想の共同体
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佐々涼子『エンジェルフライト』
JUGEMテーマ:自分が読んだ本 文中敬称略



 

観光、留学、ビジネス、公務、ボランティア、取材、様々な理由でひとは海外へと出る。そしてほとんどの人は何とか生きたまま母国へと帰ってくる。しかし、毎年何十万という人が海外に出れば、万に一つの場合は確実に生じる。病気、交通事故、地震や津波、台風、竜巻などの自然災害、山や海での遭難、犯罪、戦争やテロ…海外に出かけた日本人であろうと、日本を訪れた外国人であろうと、いつどこで死が訪れないという保証はない。外務省の統計によれば年間で400人から600人の邦人が海外で亡くなっているという。旅先で不慮の死を遂げた場合、世界で遺体処理の決まったルールがあるわけではない。ある時には、暴利をむさぼる業者の手によって、遺体は見るも無残な状態となる。間に入り、金をむしりとるだけで、何のノウハウもないからだ。

 同じ時期、その国の同じ地域からずさんな処置をした日本人の遺体がもう一体戻ってきている。遺体の搬送をの履歴から同じ業者が絡んでいることは想像がついた。その街ではやくざが救病院を徘徊していて、死者が出ると有無を言わさず知り合いの葬儀社に運んでしまうという。一度遺体を運び込んでしまえば、高額の遺体保管料が発生する。彼らはいわゆる「遺体ブローカー」なのだ。遺族には業者の優劣などわかるはずもない。これから遺体にどんなことをされるか(あるいはされないままで放っておかれるのか)事情を知らないまま、その業者にエンバーミングを委託してしまうのである。p9

正しいエンバーミング(防腐処理)を行うことのできる業者との出会いがあるかないかによって、残された人にとってその後の展開が天国と地獄ほども違うことを知らされ、読者は愕然とすることだろう。

不幸にして母国の外で死んだという事実は変わらない。だが、その後でどのように遺体が処理され、遺族の元へ送り届けられるかによって、死の事実はやわらげられ、穏やかに受け入れられることもあれば、悲嘆の情を倍加させ、人生や運命に対する憤りや呪いさえ感じさせることもあるのだ。

佐々涼子『エンジェルフライト 国際霊柩送還士(集英社)は、海外での不慮の死に遭遇した人々に対する最適な遺体処理と送還に携わる企業、エアハース・インターナショナルを取材したドキュメンタリーである。

エアハースの創業は2003年と歴史が浅く、日本ではこの種の業務を行う企業はまだ多くないい。したがって、ニュージーランドの地震などメディアで報じられるような邦人が遭遇した悲劇のほとんどの陰には、エアハースの活動が存在する。にもかかわらず、その活動はほとんど知られていない。死者や遺族のプライバシーを尊重したエアハースが、ずっと取材を拒否してきたからである。しかし、こうした企業があることを告知することに社会的責務を感じた著者は、様々な制約を抱えながらも、何とかその密着取材の許可を得ることができたのである。

日本では死を表に出して語ることは忌み嫌われる。だからエアハースの活動も光を当てられなかった。しかし、悪徳業者が跋扈し、高額な報酬をむさぼりながら、遺体が見るも無残な処理をされるのを遺族が受け入れなければならない道理はない。

 遺体は訴えることができない。何かを伝えたくても言葉を持たない。
 特に国境を超える遺体は、海外でどんな扱いをされようと遺族の目が届きにくい。そんな状況に加えて、死を語ることを極端に避ける日本の国民性が加わり、国境を超えての遺体搬送の現場を「未開」ともいうべき混沌とした状態にしている。信頼できる人のアドバイㇲをもらえた遺族は幸運だが、たまたま悪質な業者にかかったら、いったい何が正常なのかの判断すらできないまま、不当な扱いを受けることになる。
 ビジネスになるのは遺体搬送だけではない。もしかすると遺体の一部がビジネスにさえてしまったのではないかと思うケースもある。
p16

地球上のいたるところに、遺体にむらがるハイエナのようなビジネスが存在し、その中を自分やその家族友人が旅行しているという事実を私たちはまず知るべきである。知らないでいることが、放置に近い遺体処理で暴利をむさぼる仲介ビジネスや、こっそり臓器を抜き取り売買するようなビジネスの暗躍を助ける温床となっているのだから。

本書の中では、幼くして死んだフランス人の夫と日本人の妻の間に生まれた少女、アジアのある国で旅行中行方不明となり遺体となって発見された青年…異国でのさまざまな死のケースをとりあげ、その後のエアハースの適切な処理によっていかに死が和らげられたかが語られる。さらに、社長の木村利惠、新卒でエアハースへと入社した川崎慎太郎、利惠ともどもエアハースを立ち上げた山科昌美、ドライバーを務める古箭、シングルマザーの利惠が女で一つで育て上げ、その後エアハースの継承者として期待される利幸…エアハースに携わる人々の日常をクローズアップし、いかにして彼らが死と向かい合いながら生きているかを、生々しいタッチで描き出す。

  腐敗した遺体が帰ってくることもある。腐敗すると水泡ができる。不用意に触るとそれがつぶれどろどろになってしまう。そこに力を加えると皮膚は脱落する。さらにそこから体液が染み出すことになる。だから利幸は柩を開けるとまずじっくり遺体を観察する。そして全体を把握し、臭いに注意を払い、それから触る。手の施しようがないという言葉は、彼の頭の片隅にもないそうだ。とにかくご遺族のためになんとかできないか、を考える。決してあきらめないし、部下にも「これでいいや」とは決して言わせない。p209

五体満足でない死体に接しても、何とか生前の美しい姿で遺族の元へと届けようと情熱、執念には涙を禁じえない。

本書の最後は、シリアで取材中に、狙撃され、死を遂げたジャーナリスト山本美香の葬儀の背後でのエアハースの活動を伝えることで終わっている。これほどの密着取材を行いながらも、著者は死の現場に立ち会うことは許されなかった。他のジャーナリストと同じ視点でしか伝えられなかったその距離感の中に、エアハースの厳然たる使命感や職業倫理が表現される。

 目で「ここまでだよ、もうついてくるな」と言っている。私はうなずく。佐藤が助手席に乗り込み天を仰ぐのが一瞬見えた。我々は遠ざかって行くエアハースの霊柩車を見送った。p266

エアハースの役割は、遺族の涙を止めることではなく、遺族が正しく弔えるようにすることである。

  国際霊柩送還の仕事とは、遺族がきちんと亡くなった人に向き合って存分になくことができるように、最後にたった一言の「さよなら」を言うために機会を用意する仕事なのだ。p275

東日本大震災を経験する中、本書の執筆を契機に、著者は死と弔うことの意義を改めて問い直す。それはわたしたちすべてにとっての、重い宿題であると言えるだろう。

(…)今震災を経験して、弔いというものが人間にとっては本質的に必要なのだと私たちは理屈を超えて気づきつつある。葬儀は悲嘆を入れるための「器」だ。自らの力では向かい合うことができない悲嘆に向き合わせてくれるためのしくみなのだ。 
 今、我々は生き抜くことと、悲しみ抜くことが同義の時代を生きている。
 では、いったいこの時代の我々にとってどんな弔いが必要なのか。あるいはこの国にとってどんな弔いが必要とされているのか。我々は一度ここで立ち止まり、考えてみる時期に来ているのではないだろうか。
p278



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