つぶやきコミューン

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ヤマザキマリ×とり・みき『プリニウス 機
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天才とりみきが神秘のヴェールを脱ぐ時

あの『テルマエ・ロマエ』ヤマザキマリとり・みきと最強タッグを結び、送る古代ローマ歴史絵巻巨編、『プリニウス』

初めてそのページを開いた人は、一様に驚愕するにちがいない。小学生でも十秒あれば描けそうな、あの手抜きの極致のような人物がトレードマークとなっている漫画家とり・みきが、綿密にびっしりと描かれた写実的な背景のすべてを担当しているというのだ。西原理恵子の『人生画力対決』を見るにつけ、コミカルな漫画家の画力なんて、時間をかけて練り上げた自分の持ち絵以外は大したことないのではないかと思っていた常識が完膚なきまでに打ち砕かれる(もちろん、何を描かせてもすごい大家はいる)。そうなのだ。とり・みきは、ピカソのような天才画家、写実的な絵もやればできる子だったのだ。

いや、やればできる子という生易しいものではない。とり・みきが描くヴェスヴィオス火山の絵の一枚を模写しようとしてみれば、少しばかり絵心のある読者も絶望的な気持ちになるにちがいない。一見、写実的に見えながら、そのタッチは異様なまでに細かく、濃密なコントラストをつけて、描かれている。今にも、噴煙が画面から飛び出しそうな迫力、マッスとしての異様なまでの存在感。通常、遠近法の絵は遠景ほど、コントラストが低く描かれるのが常である。大気中の塵や水蒸気による光の散乱で、実際にそう見えるからである。しかし、とりみきの絵はその法則が許容する手抜きに訴えることがない。それが一種、浮世絵的な感覚を与えている。純粋な西洋アートではない絵。スパイダーマンに象徴される赤と黒の原色、アメコミ的な色彩感と、陰影による三次元の奥行きを与えられた浮世絵のようでもある。

フィレンツェで美術を学んだヤマザキマリの漫画のベースにあるのは、西洋美術の人物や彫刻、建築の素養である。そして、まったくそんなものはどこかで学んだそぶりも見せなかったとりみきの驚愕のデッサン力、空間造形力はそれを凌駕する。その二つの才能が、『プリニウス』においては、一体化する。テルマエでさえもイタリア人を驚愕させたのだが(しかし重大な事実が最近のインタビューの中で明かされている)、このウルトラマンエースのような合体攻撃には、イタリア人も舌を巻かずにはいられないだろう。『プリニウス』の中に現れるのは、映画の中でこそ登場するものの、およそイタリア人が漫画の中で描いたりしそうもない、臨場感あふれるリアルな古代ローマの風景の数々である。そんなものは、チネチッタの映画スタッフか、美術学校卒の画家たちに任せておけと彼らは言うだろう。だが、『プリニウス』では、そのような絵が毎コマ登場する。疲れを知らずに克明に次々と描かれ続ける背景。あたかも、省略の画法によって、フィルタリングされ、外に吐き出されず中に蓄積され続けてきた事物の、風景のディテールが、一気に火山の噴火となって噴き出るかのような、ディテールへの鬼気迫る情熱を感じずにはいられない。

そして、その異様な情熱こそが、プリニウスという人物の世界を描くにふさわしいのである。

プリニウス、あるいは好奇心という名の受難

プリニウス、正式にはガイウス・プリニウス・セクンドゥス(Gaius Plinius Secundus)は古代ローマの博物学者にして、軍人、政治家。プリニウスは情熱=受難(passion)の人である。より正確に言えば、好奇心=受難の人である。

その著作は歴史や科学など多岐にわたり、百に及ぶとも言われるが現存するのは、37巻におよぶ『博物誌』のみ。『博物誌』は、現在はほとんど消失してしまった2000もの著作から、2万項目を抜き出したもので、当時としては最先端の科学的な知見と迷信的な神話や伝承、いわばトンデモな知識が混在したものである。

とりわけ動物に関しては、ペガサス、ユニコーン、スフィンクス、フェニックス、トリトン、サラマンダーなど今日でも名のよ知られた存在以外に、ハイエナと雌ライオンの混血であるコロコッタ、双頭の毒蛇アンフィスバエナ、その目を見た者は即座に死に至るカトブレパスなど、多くの幻獣を扱い、ボルヘスを初めとした文学者たちを魅了してきた。

いわば古代ローマの時代に、一人ウィキペディアを著したのがプリニウス。その最後も火山の観察のために、近づきすぎて死に至ったという壮絶なものである。プリニウスがそれらの知識をどこまで信じたのかは定かでないが、当時の人々の考え方をライブで知る上で、『博物誌』ほどの貴重な資料はない。『男性論』の中で、ヤマザキマリはプリニウスの魅力について、こう語っている。
 
 みんなが一目散に逃げてくるところに「あのキノコ雲はなぜあんな形になるんだ!」と逆走で山に近づいていって、案の定、噴火に巻き込まれて死ぬ。それはある意味で本望だったのではないでしょうか。ローマ人の死生観はいまの私たちとは違います。自分の死より、今目の前で起きていることを知りたいという好奇心を満たすこと。いわば、精神性の充溢のほうに優先順位を置いた、規格外の人物だったのだと思います。そのダイナミズムゆえに死んでしまったのですけれど!(『男性論 ECCE HOMO』p67)

プリニウスが卓越したのは、知識の分野だけではない。古代ローマで尊重された弁論術などコミュニケーション能力の高さを備えていたこともその魅力の一つであると、ヤマザキ・マリは言う。単なるオタクや職人ではないのである。おりしも「暴君」として悪名高い皇帝ネロの時代である。親族や、側近まで死に至らしめたネロ相手に、知的好奇心最優先というわがままを貫きながら生き延びるには、相当のコミュニケーションスキルが必要であったことだろう。
 
 先人の残した文献を読み解きながら、自分の足と好奇心で物事を観察し、見て回り、ブランクだらけの知識をも想像力で補って古代ローマの雰囲気をいまに伝えてくれる。このコミュニケーション能力、知識を3D化して見せてくれたプリニウスこそ、古代ローマ的人物だと思います。(同上、P70)

【第1巻のあらすじ】
『プリニウス 1』は、まざにヴェスウィウス(ヴェスヴィオ)山の火山灰や火山弾が周囲に降り積もる中、焦る周囲を尻目に、悠然と風呂に入り、食事をする提督プリニウスの姿から始まる。その傍らで、彼の口頭筆記を務める青年エウクレス。彼の脳裏を横切るのは、郷里でのプリニウスとの出会いであった。エトナ山の噴火で、失った父親の遺物を掘り出そうとしている彼に声をかけたのが、シキリア(シチリア)総督代行として赴任したプリニウスだったのである。父の形見のデルトイ(蝋板)に、プリニウスが滔々と口にした、聞いたこともない雷の説明を思わず書き留めずにはいられないエウリウス。こうして、18歳にして、彼はプリニウスの口頭筆記係となり、その生涯を目の当たりにしながら、その言行を書き記すようになったのである。

ローマからは皇帝ネロより、戻るようにと執拗な催促。すでに、六度もそれを断り続けていたプリニウスにネロは業を煮やす。それでもカティアにとどまろうとするプリニウス。マグロを食べるまでカティアから動かん!!命令に反すれば文字通り殺される、超ブラック企業、ローマ帝国の縛りよりも、グルメの方が大事。いやあ、これぞ、今日まで受け継がれたイタリア人のラテン気質。大物ですなあ。
 
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