つぶやきコミューン

立場なきラディカリズム、ツイッターと書物とアートと音楽とリアルをつなぐ幻想の共同体
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コロッケ『マネる技術』
JUGEMテーマ:自分が読んだ本 文中敬称略

歴代はさておき、現役最強のモノマネ芸人と言えば、やはり人気、実力ともコロッケということになるのではなかろうか。

コロッケ『マネる技術』(講談社+α新書)、この道35年のものま名人の芸の技術と心構えを、わかりやすい言葉でつづった奥義の書である。その意味で、本書はおいたちからデビュー、苦節の日々、成功に至るまでのプロセ時系列で語った、よくあるタレント本とは大きく異っている。一種の技術論であり、同時にものまねを通して観た人間と人生についての洞察の書となっているのである。

ものまねの極意は何よりもまず観察することから始まる。観るだけでは不十分である。観て考える。そこから創意工夫によって、独自の表現にまで高めてゆかなくてはいけない。著者は、ものまねのプロセスを4つの要素に分解してみせる。
 
 まず、【観る】こと(=観察力)、そして【観て考える】こと(=洞察力)。これがまねの出発点です。
 そして、次に自分なりに【アレンジ】を加えて、独自の【表現】を試みるようになります。そうなると、「誰かのまね」か「自分独自の表現」へと発展し始め、気がつけば世間から、「オリジナリティ」や『アイデンティティ』だと受け止められる発信(アウトプット)ができるようになっている。
p11

観ることは簡単なようでいて難しい。先入観があると虚心坦懐に人を観ることができなくなってしまう。まねることには、二つの意味で、勇気が必要である。一つは一歩を踏み出すこと、もう一つは相手を受け入れること。恥ずかしさやプライドを克服し、我を捨ててこそ他者の本質が観えてくるのである。第一印象とは単純化され一面化された他者のイメージである。それは多面性を備えた人の性格や思考を一色に塗りつぶしてしまいかねない。むしろ一つ一つの仕草のディテールの積み重ねに注意しよう。その断片の集合体に個人の総体があるのだ。

とは言っても、四六時間中観察し続け、個人の全体をなぞったところで印象的なものまねになるとは限らない。瞬間の仕草の持つポテンシャルを、想像力によって極限まで拡大すること。このことによって、コロッケのものまねは、同じ相手をまねしつつも、「違った何か」になるのである。

まず必要なのは、観察し、洞察する力である、さらに、そこに誕生日や曲、ゴミの分別にいたるまで、対象の様々な情報を加えながら、イメージを膨らませてゆく。そうすることで他人の見え方違ったものになる。特徴的な観察ポイントが十項目も揃えば、ものまねは十分に可能である。

しかし、芸として成立した後も同じ対象を演じ続けることで違った何か、奇妙なものが加わるのがコロッケのものまねであある。

こうしたものまねの過程は、芸道における守破離の教えに通じるものがある。守は個人の特徴を観察し、コレクションを作る段階、破はそれに思い切った誇張を加える段階。そして、離の段階ではそれに妄想が加わって、デフォルメされた表現となる。コロッケの場合、このデフォルメに活用されているのが、ある芸能人と別の芸能人の特徴を組み合わせたキャラクターのパッチワークということになるだろう。
 
 平井さんをまねるときなら、上唇に力を入れてちょっとコの字型のようにして歌います。するとそこで、平井堅さんの直前に大島さん優子ちゃんがワンクッション入ってくるようになる。かと思いきや、板野友美ちゃんだった、なんてこともある。
 AKB48のみなさんは、基本的にアヒル口でしょう。あのアヒル口の要素が、私のなかで、どこかで平井さんのイメージに融合したんですね。そこから、「平井堅さんでAKB48の曲を歌うものまねをやろう!」という発想に広がっていきました。
97p

かくして、コロッケのものまねの中の五木ひろしは、ロボコップとなり、北島三郎はヒップホップダンスとなる。そこまでの極限までのデフォルメを行いながら、本人のショーにサプライズゲストとして、呼ばれたり、どんどんまねしちゃってくださいと声をかけられるのは、芸の底に相手に対する愛とリスペクトがあるためであろう。

著者自身、絵画におけるピカソや建築における安藤忠男や隈研吾の例をあげているが、本書の中には、表現に関わる人すべてに通じる教えが無数に散りばめられている。忘年会やカラオケ用のものまねの教科書とするもよし、別の世界の表現への啓発書とするもよし。遊びにも仕事にもいかようにも使える重宝で、楽しい本である。

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