つぶやきコミューン

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塚谷裕一『スキマの植物図鑑』
JUGEMテーマ:自分が読んだ本 文中敬称略



家や橋などのコンクリートの裂け目、道路のアスファルトの割れ目や、石垣の間、ブロック塀や電柱の根元、屋根瓦の間―そうした人工の世界の隙間に入り込んだ植物には、心惹かれるものがある。それが鮮やかな緑の葉やきれいなピンク色の花を咲かせていればなおさらだ。様々な植物の生命力の強さに、自然の生命力の強さを感じ、つい感情移入してしまう。しかし、こうした場所に生える植物にとって、我々の目からは過酷な環境に見えるスキマは、レッドオーシャンではなく、むしろブルーオーシャンである。人間社会でも、人が見向きもしないニッチにビジネスチャンスがあるように、植物にとってもニッチこそは、サバイバルの条件を備えたパラダイスであるのだ。

何よりも、日光を遮ってしまう大きな競争相手がいない。植物にとっての最大の栄養源である光を、一人勝ちのかたちで独占できる。しかも、周囲が人工物で固められていたりすると、乾燥しにくいし、周囲の舗装で水が集中的に隙間へと流れ込んでくるので、水分も潤沢に得ることができる。隙間が手狭になったら、自分の力で広げればいい。ガラス瓶にいっぱいに入った豆は、一晩で瓶を破壊してしまうほど力が強いのだ。いいこと尽くめのパラダイス、それが植物にとってのスキマなのである。

塚谷裕一カラー版 スキマの植物図鑑』は(中公新書)、こうした様々なスキマに生育する植物ばかりを約百十種類、季節で分けながら、集めたハンディな植物図鑑である。著者は植物の遺伝子研究をテーマとし、東南アジアの熱帯雨林のフィールドワークなど広範な活動を行う植物学者であり、東大大学院教授も勤める碩学だが、スキマの植物の探索や撮影が趣味という余技への情熱が結実した本である。

植物の名前を調べるのは結構面倒である。庭付きの一軒家に住む老人には自分の庭にはえる樹木や草花には詳しいかもしれない。花屋の店員も商品として扱っている園芸種に関しては熟知している。しかし、彼らも野草に関しては皆目見当がつかなくなる。学校の理科の先生も園芸種はさっぱりわからんと言う。野草に関しても、園芸種に関しても、熟知した歩く植物図鑑のような人は、万に一人いるかいないかである。だから、ネットで調べることになるのだが、花のある植物は季節と色で調べれば大体たどりつけることが多い。だが花がないとほとんどお手上げで、あれこれの植物図鑑を調べることになる。植物図鑑も、野草と園芸種をバランスよく備えたものは種類が少なく、遺漏がある。専門的な図鑑は、どちらかにバイアスがかかっている。だが、スキマには野草と家の庭から逃げ出した植物の双方が含まれるのでなかなかな厄介だ。

しかし、スキマを住処とする植物は限られている。そのトレンドさえ押さえれば、大体の種類はカバーできる。だから、この図鑑は重宝なのだ。

本書に収録された植物には、ホトケノザカラスノエンドウハコベオオイヌフグリムラサキカタバミ(春)やヒメジョオンドクダミスベリヒ(夏)、ヒガンバナススキセイタカアワダチソウエノコログサ(秋)、ヒメツルソバ(冬)のように、日本全国で見られる植物が中心である。中には、ユキヤナギキリナンテンのような木本植物もあるし、ノースポールキンギョソウフレンチマリーゴールドゼラニウムランタナオシロイバナのように、家の庭から逃げ出したような植物もある。個人的には、季節の植物の写真を撮るのも趣味の一つなので大体の人よりも植物の名前は詳しいはずだが、そうしたなじみの花や草木を加えてもせいぜい五十種あるかないかで、後は見たことはあるが、名前と姿が一致しない植物、あるいは本書で十種も挙げられているスミレのように、細かい区別のついていない種が半分以上あった。

身近な植物の名前を知らないということは、自然を雑草と草木というのっぺらぼうの世界へ追いやり、人間と人工のものの名前の中でのみ生活することだ。背景となったものを前景に置いて向かい合い、この世界の見え方を少しだけ変えること。それがもののあはれを解する通人の道であろう。
 
散歩や通勤、通学のたびに毎日のように出会い、時に鮮やかで変わった花を咲かせたりもする植物たち。人と同じでなじみついでに、できることなら名前やその性格まで知っておきたい。あるいは道端で出会った植物をデジカメで撮影し、ブログのネタにしたいが名前がわからずすっきりしない。本書は、そんなスキマ植物の知識のスキマを埋めるというニーズに応えてくれる本である。

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