つぶやきコミューン

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土屋敦『男のパスタ道』
JUGEMテーマ:自分が読んだ本 文中敬称略



「男のパスタ道」―この表題を聞いて、どんな本を想像するだろうか。色鮮やかな数多くのパスタの写真と見開きにレシピを並べた見るだけで楽しめる世界のパスタのギャラリーのような本だろうか?あるいは東京を中心として、地方に至るまで食べ歩いた全国パスタ料理の名店めぐりだろうか?

書評サイトHONZ編集長であり、料理研究科である土屋敦『男のパスタ道』(日経プレミアシリーズ)は、そのいずれの本でもない。表紙こそ、鮮やかなぺペロンチーノの写真に飾られているが、本書に登場するカラー画像はこの一枚きりである。そして、ペペロンチーノ以外のパスタの作り方には一切触れていない。もちろん、パスタ料理の名店紹介なども一切ない。

多くの料理本の欠点は、そのレシピがあまりにシンプルであることである。そこにあるのは、一種の予定調和の世界である。しかし、料理の本質はその裏側や行間にある。果たしてそこに書かれたつくり方は、最良の選択肢なのだろうか。故意に、あるいは偶然条件の一つを変えたら一体何が生じるのだろうか。ほんの少し条件を変えてみるだけで、とんでもない失敗作に終わったり、あるいは意外なクリーンヒット、時にはホームランになることだってある。

ではそれをあらかじめ思いつく限り、すべて試してみたらどうだろうか。そのためには、あれこれのパスタを試してみる必要も、余裕もない。ぺペロンチーノ一品で十分なのだ。

『男のパスタ道』は、いわばデカルト的方法で書かれた、一番うまいぺペロンチーノの作り方についての本である。

17世紀、フランスの哲学者デカルト『方法序説』の中で、方法的懐疑を四つの法則のもとにまとめた。
第一は、疑いうるものすべてを疑い、明証なもの以外認めないこと(明証の法則)。
第二は、全体を可能な限り、要素に分割すること(分割の法則)。
第三は、単純なものから複雑なものへと、順序よくまとめあげること(秩序化の法則)
第四は、思いつく限りの要素を並べあげること(枚挙の法則)。

『男のパスタ道』
は、この四つの原則にのっとりながら、ピザの斜塔から重力の実験をしたガリレオのごとき実験による検証をもって、一番うまいぺペロンチーノの法則を見つけ出すという、科学的精神に貫かれたノンフィクションドキュメンタリーである。

 ゆでるという行為ひとつとっても、それを理解するには科学的アプローチが不可欠だ。実験をくり返すなかで、インターネットの記述だけでなく、パスタに関する本やプロのシェフたちの解説にも間違いが多く、料理の世界がいまもさまざまな迷信にとらわれていることを重い知った(加えて言えば、私自身が過去に書いたインターネット上の記事にも、訂正・加筆が必要なことが判明した)。p6

もちろん、科学的実験を行う専門の施設を持たない一個人のできることには限界がある。さらに、味覚という計量不可能な要素を評価しなければならない。それを、家族全員を動員し、作る側も食べる側も、どのような品、どのような条件で調理したものかわからないという二重のブラインドテストを繰り返すなどの工夫を凝らすことで、可能な限り真理に近づこうとする。『男のパスタ道』は、マッドサイエンチスト顔負けの発想に忠実であろうとする、涙ぐましい数多くの実験の成果なのである。

本書の中では、次のような実験が行われることになるだろう。
ーうまいゆで加減は何分なのか。
ー水からゆでるとどうなるのか。
ー圧力釜でゆでるとどうなるのか。
ー塩を入れるとうまくなるのは本当か。もしそうだとしたら、どれだけ入れるのが一番よいのか。どの塩を入れると一番うまいのか。
ー水洗いする必要はあるのか。もし効果があるなら、なぜなのか。
ーうまいパスタの長さは何センチなのか。
ーオイルソースに使う油は何がよいのか。
ーニンニクと唐辛子はどこのがよいのか。そしてどのような切り方をするとよいのか。

本書の中で、パスタの調理法に、科学的精神と対照実験の光を当て、もろもろの迷信や固定観念から解き放つという著者のもくろみはほぼ果たされていると言ってよい。

本書を読んだ後、読者もまた、数回の試行錯誤の後に、パスタをゆでることに関しては、たちまち免許皆伝になることだろう。実は、パスタには驚くほどの許容範囲があるのである。しかし、ニンニクをこがさずほどよい色に焼き上げるには、毎回細心の注意が必要である。

ぺペロンチーノはすべてのパスタに通じる。本書を読み、自分好みのぺペロンチーノの最適値を見出した後、他のパスタにもトライするなら、間違いなく読者のパスタ料理のスキルはアップし、料理の味は底上げされているにちがいない。

『男のパスタ道』
は、著者のマッドサイエンチストぶりに魅了され、数々の実験にスリリングな愉しみを覚える良質のノンフィクションであるが、同時にアマチュア料理家にもプロの料理人にも、多くの生きた知恵を授けてくれる最強の実用書でもあるのだ。

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