つぶやきコミューン

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浦久俊彦『フランツ・リストはなぜ女たちを失神させたのか』
JUGEMテーマ:自分が読んだ本 文中敬称略



同時代であるショパン(1810-1849)やメンデルスゾーン(1809-1847)、シューマン(1810-1856)といった音楽家たちが夭折する中で、フランツ・リスト(1811〜1886)は19世紀の後半まで生きのび、精力的に活動し続けた人物であった。彼こそはまさに19世紀を体現したような音楽家であった。

ピアノの神童としてもてはやされ、やがてパリで社交界にデビューし、スーパースターとして一世を風靡する。マリー・ダグー伯爵夫人との不倫と恋の逃避行は大きなスキャンダルとなり、村上春樹の小説のタイトルともなった『巡礼の年』を生み出す。ドナウ川の氾濫による被害者救済のためのチャリティコンサートのツアーを8年間にわたり行う。ピアニストとしての人生に終止符を打ち、バイロイトに引きこもり、作曲や編曲に専念する。多くの弟子を育てながら、やがて念願の聖職者ともなる。

浦久俊彦『フランツ・リストはなぜ女たちを失神させたのか』(新潮選書)は、そんな多面的な顔を持ったリストの肖像を時代の変化の中で浮き彫りにする意欲的な試みである。

  サロンに颯爽と登場したフランツ・リストは、ただの美青年ではない。いざピアノに向かえば、凄まじい集中力から発揮させられる響きの洪水に、社交界の名士たち、とりわけ淑女たちは、ただ圧倒された。肩に流れる長い髪をかきあげ、繊細な指先からつむぎだされる音楽は、ただの名人芸とは全く異質の、神々しいまでの輝きを放っていた。p53

ビートルズやマイケル・ジャクソンよりも先に、多くの女性たちを失神させたスーパースターの先駆がフランツ・リストであった。彼より以前のモーツァルトの時代に女性が失神したという話が伝えられないのに、なぜ急に女性たちは失神するようになったのか。それを著者は、貴族にとって代わろうとするブルジョワ女性の台頭の意識と関連づけながら読み解こうとする。同時に、一人で音楽を楽しむためのものであったピアノが急速に進化し、数千人ものコンサート会場でも鳴り響くほどに巨大化したことも無視できない要因である。リストは、神童時代に最新のピアノを寄贈されて以来エラール社のCMキャラクター的な存在でもあったのだ。彼こそは、初めてピアノ曲だけでコンサートを成り立たせた「最初のピアニスト」でもあった。そんな若い時代のエピソードだけでなく、本書はいくつもの時代の様々なリストの素顔を取り上げている。

ベートーヴェンやワグナーのような人間嫌いや変人が音楽家に多い中、リストは高潔な精神を持った教養人であった。そうしたエピソードの一つ一つが感動的である。

ドナウ川氾濫の被害者救援のために、1839年から1847年まで、8年間の間に東西ヨーロッパだけでなく、イギリス、ロシア、トルコに至るまで260の都市で、一千回のコンサート・ツアーを行う。

  この八年間のツアーはリストに莫大な収益をもたらした。一公演あたりの出演料は、少なくとも一般人の年収以上に相当したといわれるから、自主公演での収益を加えれば、法外な金額だったに違いない。
  だが、彼はこの収益の多くを、芸術振興や学生、孤児たちのために惜しげもなく寄付した。それは芸術家は社会に奉仕すべきという、彼の基本精神からだった。
p98

来る者には全て無料で門戸を開いたリストは、弟子の数千人にのぼるとも言われる。

 あるとき、リストの弟子という偽の肩書きを持った人物が、嘘をついたことを謝ろうとすると、リストは「何か弾いて聴かせてください」といった。あまり上手い演奏ではなかったが、聴きおわると、彼は「さあ、これであなたは、リストの弟子だと胸を張っていいですよ」と優しく励ましたという。p176

ワグナーの楽劇の大きな後ろ盾となったことは知られているが、グリーグにとってもリストは大恩人であった。ピアノ協奏曲の楽譜をリストに見せると、リストはその場で完璧に弾いてしまい、グリーグを驚嘆させる。

 リストが、のちにグリーグの代表作となったピアノ協奏曲を演奏し、高く評価したことは、若きグリーグにとって、何よりの励ましになった。「あなたの道を行きなさい。あなたにはその能力があります。恐れるものはありません」という一言は、悩めるグリーグに計り知れない力を与えた。p178

この若い無名の音楽家のために、ノルウェーの国王宛にフランス語で推薦状を書いたのもリストであった。

リストには、他の優れた音楽家の才能を妬んだりすることもなかったし、その必要もなかった。知られざる名曲の数々を、自らが弾くピアノによって、紹介し、伝えようとした。そのために、ベートーヴェンの交響曲やシューベルトの歌曲など、数多くのピアノ曲への編曲を行っている。

 リストの大きな美点は、自身の芸術的直観に対する、絶対に揺るがない確信である。芸術家としての信念といってもいい。それは、彼の野望、嫉妬とは別次元の、純粋で、確固たるものだった。
 彼が過去の作曲家たちに注いだ敬愛と、同時代の音楽家たちへの惜しみない援助と、後進たちに向けたあたたかい眼差し。芸術のために、どこまでも身を捧げられるという、徹底した利他主義でいられたのも、この芸術的信念からだった。
 リストがショパンの音楽に対して抱く想いは、終生変わることはなかった。彼は、心からショパンの音楽を愛し、そこに秘められた繊細さや大胆さに驚嘆し、生涯にわたって演奏し続けた。

p158

著者が、この本を書くきっかけになったのも、リストによってショパンの死後間もなく出版された『F・ショパン』という本との出会いであったと述べている。

単に超絶技巧のスーパースターではなく、世間を恐れぬ熱烈な恋人でもあり、芸術的精神のもと、高貴なる理想主義を作品の次元のみならず、行動の次元でも貫いた一人のー人間的なあまりに人間的なー超人の姿がここにある。音楽家が、人間として、これ以上に偉大にはなれぬというほどの肖像がここにある。


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