つぶやきコミューン

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増田俊成『シャトゥーン ヒグマの森』
JUGEMテーマ:自分が読んだ本 文中敬称略



シートン動物記のような、大自然の中で、生き抜く野生の動物たちのたくましい姿を描く感動の自然賛歌みたいなものかしらと甘い気持ちで読み出した増田俊也『シャトゥーン ヒグマの森』(宝島社)。だが、それは、私が過去読んだ中で、最も恐ろしい小説の一つであった。

だから、心臓が弱い人、それから時間に余裕がない人、たとえば明日までに仕上げなければならない報告書のある会社員や連休中に仕上げなければいけない課題がある学生にはお勧めしない。読み出したら、まず最後まで読まないことには読むのをやめられない、そんな作品であるからだ。
 
年が明けようとするころ、北海道の原生林の山小屋の中で、七人の人が孤立する。そこは電話も通じず、食料の備蓄も少なく、まもなく尽きてしまう。一人の密猟者がヒグマに遭遇し、食い殺された。そのクマは、シャトゥーンと呼ばれる冬ごもりに失敗した巣を持たないさすらいのヒグマである。一度人を食べたヒグマは、人間の肉の美味に味をしめ、その後も襲い続ける。そして、このヒグマはとりわけ巨大である。体重350キロを超え、立ち上がると身の丈2メートル80センチにもなる。

飢え死にしないためには、零下40度の厳寒の中、助けを呼びに行かなくてはならない。だが、すでに小屋に目をつけたヒグマは、小屋を壊してでも中の人を襲おうとする。小屋はコンクリートブロックに、プレハブをのせただけのシンプルなつくりだ。木やパネルを打ちつけて、その場しのぎを続けるものの、強大なヒグマの長期の攻撃に耐えられそうもない。小屋の弱点を見つけては、ヒグマは人を引きずりだし、貪り食おうとするのである。

このままでは全員がヒグマに食い殺されてしまう。だが、助けを呼びに行って、ヒグマに遭遇しない確率は低い。そして、遭遇すれば十中八九食い殺される。そんな極限状況のサバイバルゲームが、『シャトゥーン ヒグマの森』である。

そう、『シャトゥーン ヒグマの森』は、『グリズリー』に、『ジュラシックパーク』『進撃の巨人』を加えたような壮絶なサバイバルバトル小説である。

だが、死んでいい悪人と死んではいけない善人がくっきり分かれているスティーブン・スピルバーグのように、増田俊也は甘くない。善人だって、容赦なく死んでゆく。なぜなら、大自然の前に、そんな人間の善悪の論理は無力だからだ。

あまりの恐ろしさに、途中で投げ出すことができない。そして、その恐怖は作り物の恐怖でなく、北海道の大自然の中に今も潜んでいるリアルな恐怖である。

『七帝柔道記』『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』を読み、増田俊也の世界に魅せられた読者は、早晩『シャトゥーンヒグマの森』を読まずにはいられないだろう。だが、読む以上は覚悟を決めて読む必要がある。北海道の山道で、ヒグマに遭遇した時、あなたはどうするか。ヒグマは人間よりもはるかに速く走り、そして木登りも得意である。だから、可能なのは死んだふりをするか、戦うしかないのだ。そして、選択の時間はほんの数秒しかない。さあ、あなたならどうする?

関連ページ:
増田俊也『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』
増田俊也『七帝柔道記』

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