つぶやきコミューン

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三部けい『僕だけがいない街 1』
JUGEMテーマ:自分が読んだ本 文中敬称略

  
                 Kindle版

もしあの時こうしていれば、彼は、彼女は、そして私は・・・だったかもしれない

人間には、大きな運命の分かれ目があります。過去に遡って、ある一点での選択を変えていれば、その後の、そして現在の自分や自分の周囲の人の人生を変えることができたのではないか。誰もが抱く不可能な願いが生み出すのが、過去へのタイムスリップ物の物語です。

そこに過去あった犯罪がからんでくると、物語全体はスリリングなサイコサスペンスとなります。果たして、本当の犯人は誰だったのか?その犠牲者のある日の行動をほんの少しだけ変えることで、命を救うことができたのではないか?

三部けい『僕だけがいない街』(角川書店)が形づくるのは、まさにそうした世界、過去のやり直しによって、犯罪の真相をあばき、自分や周囲の人の運命を変えようとする物語なのです。

物語の主人公藤沼悟は、売れない漫画家の青年です。彼の作品は、編集者によって、酷評されます。
 
あのねえ 「伝わってこない」んだよね
キャラの心情とかストーリーの悲哀とか
判るんだけど「足りない」
もっと踏み込んで描かないと
きっと読者には届かないよ

ものを書く人間にとっては一番辛辣な、こうした言葉は、作者が漫画家稼業を行う上で、何度か耳にした言葉かもしれません。しかし、『僕だけがいない街』は、それをネタにした私小説的な漫画ではありません。

日常生活の中でも、悟は対人面で「距離感」を感じています。一種コミュ障的な自分の性格の根源には、小学校五年生の時に起こったある事件、自らの心に蓋をせざるをえないような恐ろしい出来事があるのではないかと彼は思い始めます。

そして、その距離感の中で、特殊な出来事が彼の身に起こるのです。ある「違和感」を、日常生活の中で感じた時、必ず恐ろしい何かが、人の生命に関わるような何かが起こる。その時、彼は周辺の時間を「違和感」を感じた時点まで巻き戻し、介入することでやり直すことができるのです。その現象を彼は「再上映」(リバイバル)と呼んでいます。「再上映」は、自分の意志に関わらず、向こうから勝手にやってくる。そして、「損する」事はわかっているのに、悟は関わらずにはいられないのです。

第一巻の中の最初のリバイバルは、彼がアルバイトをやっているピザの宅配の途中にやってきます。その結果、彼と彼の母親の運命の歯車が狂い始めるのです。

悟が小学校5年生の時、ある誘拐事件があり、何人かの子供が行方不明になりました。結局、犯人はつかまったのですが、犠牲者の中には彼と親しかった友人もいました。何かを自分は知っていながら、忘れてしまっている。その鍵を握るのが、彼と同居し始めた母の藤沼佐和子です。

一体、あの時、何があったのか?
自分は何を忘れ、何を母は知っているのか?

二度目、三度目と「再上映」が起こる中で、彼と蓋された暗い過去を結びつけるような出来事が生じます。しかし、「再上映」に関わり、何かを変えようとした結果、別の何かを予想外の方向へと変えてしまうことだってあるのです。

彼はどこへ向かい、何を見つけるのでしょうか。何を変え、何を変えることができないのでしょうか?

『僕だけがいない街』は、21世紀の現在と主人公が小学生だった昭和63年というノスタルジックな時代を往還する中で、ある犯罪の真相とひょっとしたら変えられるかもしれない人々の運命をめぐりドラマが繰り広げられる秀逸なファンタジーミステリー、サイコサスペンスと言えるでしょう。

PS 『僕だけがいない街』は現在3巻まで刊行されています。





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