つぶやきコミューン

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冲方丁『はなとゆめ』
JUGEMテーマ:自分が読んだ本 文中敬称略
 
 そういうとき、わたしは思うのです。花を見てよかったと。わたしや、わたしの同僚たち、そしてわたしの最愛のあるじが、どれほど幸福であったことかと。
(『はなとゆめ』p34)

 わたしと中宮様がともに見出した,、愛しい記憶の全て。
 それがわたしの『枕』なのです。

(『はなとゆめ』p312)


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識者の間では有名な存在であるけれど、私たちの間では、歴史の教科書のほんの1ページに現れるにすぎないような人物の生涯を鮮やかな臨場感を持って描き出すことに卓越した才能を発揮する作家、冲方丁。江戸初期の暦の考案者である渋川春海を描いた『天地明察』、水戸黄門として庶民の絶大なる人気を博しながらも、幾世代もの時代の変転を生き抜いた知の巨人水戸光圀を描いた『光圀伝』に続く歴史小説の第三弾が、枕草子の著者清少納言の一人称による回想録『はなとゆめ』(角川書店)です。

有名な歌人清原元輔のもとに生まれた清少納言は、才気煥発な女性でしたが、周囲からある意味うとまれる存在でした。二度の結婚や出産を経た頃、その評判を聞きつけ、才能を発掘し、プロデュースしたのが一条天皇の中宮定子。定子17歳、清少納言28歳のころでした。極楽浄土にも似た憧れの地であった宮中で定子の女房として仕えるようになったものの、最初はひきこもりぎみであった清少納言ですが、定子のバックアップによって、次第に頭角を現すようになります。それまでは「肥後のお元」や「葛城の神」と様々に渾名された彼女に、「清少納言」という由緒ある名前を与えたのも定子の配慮でした。その才能への褒美として与えられた上質の紙こそが、作中『枕』と呼ばれる『枕草子』の起源となったというのが『はなとゆめ』の設定です。

少女漫画雑誌を思わせる『はなとゆめ』というタイトルから、華麗な王朝絵巻、花鳥風月を愛でることに耽溺する感覚的な世界中心の物語を思い浮かべることでしょう。たしかに、それらはこの作品の一端を構成する要素ではありますが、それが中心ではありません。『はなとゆめ』の中心をなす最大のテーマは、『ヴェルサイユのばら』のような一族の栄枯盛衰であり、その核となるのは権力闘争のドラマなのです。

中宮定子を中心として、その父藤原道隆、兄藤原伊周などからなるチーム定子と真っ向から対立するのが道隆の弟であり、娘を同じく一条天皇に嫁がせた藤原道長を中心としたチーム道長。両者の争いが、この作品の最大のテーマとなっています。『デスノート』のように、あるいは『ライアーゲーム』のように、それは自らの生死のみならず、一族の存亡を賭けた知能戦であり、政略結婚や人事による謀略戦、そして呪術さえも駆使した総力戦でした。陰陽師で有名な安倍晴明も、チーム道長の一翼を担う形で登場します。

一条天皇の寵愛を一心に集めた花の時代、伊周とのデッドヒートの後に道長が関白の地位につき、焦った伊周たちの謀事が露見して流罪になる暗転の時代、定子が一妊娠、出産し、伊周たちが復権する逆転の時代、それに焦りを感じた道長があらゆる権謀術数を繰り出す狂気の時代、まるでシーソーゲームのように形勢は逆転するのですが、その度に道長は、『アマデウス』におけるサリエリの如く、『ハリーポッター』のおけるヴァルデモートの如く、しだいに恐ろしい存在へと変わりゆくのです。日本史や文学史の参考書をひもとけばわかることですが、この作品のラスト数十ページはあまりにスリリングで戦慄するような内容で、数ページ開いては閉じ、また十ページ読み進んでは閉じの繰り返しで、これほど最後のページにたどりつくのに苦労した作品もなかった気がします。

この物語の第一の主人公は、清少納言ではなく、中宮定子です。若く、美しく、気品があり、知的であり、権力の頂点にありながらも、周囲への思いやりを忘れない完全無欠なヒロインです。それに比べると、清少納言はその側近の一人にすぎず、単なる語り部にすぎません。

しかし、その語り部であることが彼女を第二のヒロインにしています。書くこと、時代の証言を永遠に書きとどめ人々の記憶に残すことの意味。清少納言は、作家冲方丁の書くことの自意識が投影された存在でもあるからです。『枕草子』の著者であることによって、しだいにその断章は宮中に流布し始め、清少納言は定子のかけがえのないカードとなり、時に道長をも恐れさせる存在になるのです。

『はなとゆめ』は、いわば時代の先端で戦う女性たちの物語です。男尊女卑の社会の中で、いかにして女性は生き延び、自らの夢を実現できるのか、自らの持てる力をフルに発揮しつつ戦い続ける戦記小説なのです。その輝かしく甘美な思い出と同時に負った無数の傷、それでも生き抜くことが素晴らしいと思わせる作品と言えるでしょう。

注)『はなとゆめ』には、物語を劇的に構成するための作者の創作と思われる部分もいくつか見られます。以上のまとめは、あくまで『はなとゆめ』の物語の要約であり、史実に必ずしも沿ったものではないことを付記しておきたいと思います。


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