つぶやきコミューン

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福田里香『ゴロツキはいつも食卓を襲う フード理論とステレオタイプフード50』
JUGEMテーマ:自分が読んだ本 文中敬称略   ver.1.01



最近見つけた本の中では、福田里香著、オノ・ナツメ挿画の『ゴロツキはいつも食卓を襲う フード理論とステレオタイプフード50(太田出版)は、「想定外」の面白い本であった。

この本は、ステレオタイプフード、つまり通行人がバナナを踏めばすべる―のように、映画やテレビドラマ、小説や漫画、アニメの中で、必ずと言って登場する食べ物がらみのステレオタイプ(紋切り型)を、50にまとめ、その社会的文脈や心理学的な意味を分析したものである。新しいネタが出てくるたびに、オノ・ナツメのクールな挿画が目を楽しませてくれる。暇つぶしにはもってこいの本である。

50のステレオタイプと言っても、イメージが掴みづらいと思うので、もう少し章題からわかりやすい例を挙げてみよう。
 
07 賄賂は、菓子折りの中に忍ばせる
09 ヤケ酒を飲むと、意外なひとと同じベッドで目覚めるはめになる
12 スーパーの棚の前で、ふたりが同じ食品に同時に手をのばすと、恋が生まれる
15 男前が水道の蛇口から、直接水を飲んでいると、かわいこちゃんが話しかけてくる
16 朝、「遅刻、遅刻……」と呟きながら、少女が食パンをくわえて走ると、
転校生のアイツとドンッとぶつかり、恋が芽生える
19 張り込み中の刑事の食事は、いつもあんぱんと牛乳だ(…)
25 バナナの皮ですべってころぶ
28 動揺は、お茶の入ったカップ&ソーサーをカタコト震わせることで表現される
36 マスターが放ったグラスはカウンターをすべり、必ず男の掌にぴたりと収まる
38 幸せを物語る場面では、誕生日のケーキのろうそくが吹き消される
46 事件についうっかり目を奪われると、食べこぼす
47 美人についうっかりみとめると、調味料をかけすぎる

ざっと1ダースばかり、すぐにイメージの浮かぶ例をあげてみた。こんなのをよくも50も定式化したものである。こうしたステレオタイプが用いられている、無数のテレビドラマや映画、コミックやアニメの場面が思い浮かんだのではなかろうか。これらのステレオタイプのそれぞれが、物語の中で帯びる意味合や、様々なバリエーションを語り尽くすことで、それぞれの章は展開されている。

たとえば、「甘いお菓子」は通常キャラクターの善良性を強調するのに用いられるが、07賄賂は菓子折りの中に忍ばされるは、逆に甘いお菓子の裏の顔の例であり、キャラクターの俗悪性、不健全性を強調するために用いられている。第一に、甘いものは嗜好品であり、食べなくても死にはしないから。第二に、甘いものは、誘惑や欲望、快楽などを表すアイコンであるからだ。

あるいは、12スーパーの棚の前で、ふたりが同じ食品に同時に手をのばすと、恋が生まれるでは、二つのパターンに分かれるとする。一つは最後には「ふたりで分けませんか」となる「譲り合いパターン」、もう一つは相手が目を離した隙に取って駆け出す「取り合いパターン」である。そして、逆転のコントラスト効果を狙って「譲り合いパターン」は悲恋につながり、逆に険悪ムードで始まる「取り合いパターン」はハッピーエンドにつながりやすいといった分析を展開している。

特に、著者の並々ならぬ観察眼が発揮されているのが、05正体不明者の差し出す液体には、要注意 必ず毒か 眠り薬が入っているからである。ここでは、世界初のカラーアニメ―ション映画であるディズニーの『白雪姫』で、まず継母の魔女が醜い老婆に秘密の薬を飲み、七転八倒しながら変身するところから紹介し、それに続く毒の調合シーンでいかに恐ろしさを観客に味わわせるか、アニメーターが知恵を絞った演出のプロセスが見事に分析されている。

あるいは、14動物に餌を与えるひとは善人だ 自分が食べるより先に与えるひとは、もはや聖人並であるでは、特に宮崎駿の『風の谷のナウシカ』に始まる一連のアニメ作品の中で、このアイコンの活用により、登場人物のキャラクターづけや相互関係の表現が行われるかを、総括した部分が見事である。
 
 『もののけ姫』のアシタカも、早駈けさせたヤックルの背中から降りるや否や、自分のことはさておき、即ヤックルに水を飲ませている。
 『魔女の宅急便』の主人公の少女のキキは、飼っている黒猫ジジにも食事を作り、同じテーブルで一緒に食べる。
 それから、『天空の城ラピュタ』の冒頭では、昨晩から何も食べていないはずの子供ふたり、主人公のバズーと少女シータは、何と自分たちの朝ごはんを食べる前に、小鳥に餌をあげるのであった。
p104

この本をほんの二、三時間かけて読むだけで、様々な物語の中で、食べ物がどのように、ステレオタイプとして使われ、どのようにある法則に従って、展開されるかという再発見が可能になる。それは映画やドラマやコミックやアニメを観る楽しさを深めてくれるであろう。他方で、作家、脚本家、漫画家、アニメーターといった物語を自ら創りだす必要のある人にとっては、無意識のうちに自分が食べ物にいかなる意味合を与え、あるお決まりのパターンにハマり、あるいはそこから抜け出せているかを知る、便利なチャートのような本となる。要するに、この本は、物語全般における食べ物がらみのシーンの文法書の決定版としてとても重宝な存在なのだ。

PS アマゾンのレビューを覗くと、酷評している意見も目立つが、まずステレオタイプが何たるかを理解してせずに、大体知ってることばかりだったと言っている。ステレオタイプとはみんなが知っていて、条件反射のように出てくるお約束のことなのだから、そもそもそこに未知の要素、知らないトリビアを求めるのは筋違いである。この本はみなが知っていながら無意識に消費している物語のパーツとなっている表現をしっかりと分類箱におさめ、意識の俎上に上げながら理解を深め、連想を繰り広げることで、盛り上がるための本なのである。



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