つぶやきコミューン

立場なきラディカリズム、ツイッターと書物とアートと音楽とリアルをつなぐ幻想の共同体
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小川洋子『人質の朗読会』
JUGEMテーマ:自分が読んだ本 文中敬称略



小川洋子『人質の朗読会』中公文庫)は、戦慄すべき小説である。

地球の裏側で起こった人質事件、その結果放送された8つの物語の朗読があった。その経緯は冒頭の数ページにまとめられているのだが、余りに衝撃的な文章で、それに引き込まれて一気に最後まで読み切ってしまわずにはいられなかった。その魔術の種明かしをするようなまとめはここでは控えることにしよう。

一見無国籍に見えるが、どことなく土地のディテールから、おおよその場所は見当がつきそうな8つの人生の物語が、冒頭のページに続く。それらは、基本的に人との出会いの中で、相手の持っている世界を、ほとんどルーティンとなっている行動や言葉を通して垣間見、なぜか惹かれ、その記憶を忘れがたい宝物のように持ち続けている人たちの話である。

第一夜 杖

子供のころ、鉄工所の向かいで住んでいた私は、鉄工所の工員のガスバーナーやお面にひかれずにはいられなかった。十一才の夏、公園のブランコで怪我をしたという工員との出会いが、深い記憶を刻みつける結果となった。それは・・・

第二夜 やまびこビスケット

高校卒業後、やまびこビスケットに入社し、一人暮らしをはじめた「私」。やまびこビスケットにはたった一つの味しかない。だが、様々な形に加工されて商品として売りに出されていた。アパートの大家のおばさんと、いつしかこのビスケットをきっかけに、交流が深まるのだが…

第三夜 B談話室

偶然、公民館の「B談話室」に立ち寄ることになった私。そこは、危機言語を救う友の会の会場となっていた。その中で、次々にその場に集まった人の話が繰り広げられていく。物語の一つの中にさらに複数の物語が、語り手によって語られる。マトリョーシュカのような入れ子構造をこのエピソードは持っている。しかし「B談話室」で体験したのはそれだけではなかった・・・

第四夜 冬眠中のヤマネ

眼鏡屋の息子として生まれ、私立中学に合格した僕は、父親の仕事が好きではなかった。イギリス山へ通じる階段で、縫いぐるみを売っていたおじさんと出会った。その縫いぐるみは、油虫や百足などゲテモノぞろい。その縫いぐるみに惹かれたのはなぜだろう・・・

こんなふうにして、第五夜 コンソメスープ名人第六夜 槍投げの青年第七夜 死んだおばあさん第八夜 花束と続いてゆく。

それぞれに違ったディテールを持った世界が、出会いの中で広がる。人は、それぞれに内なる小宇宙を持っていて、他人の小宇宙に触発され、時に自分の小宇宙も多かれ少なかれ変容を受ける。

その出会いが忘れがたいものになるのは、なぜだろうか。一つは反復の力、つまり同じような出来事が繰り返し生じ、そこに運命的なものを感じるからである。もう一つは、まるで別の対象や行為に惹かれながらも、それを支える情熱に自分と共通のものを感じるからである。

しかし、これらの物語はただの物語ではない。世界から隔絶された場所での、テロの犯人たちに囚えられた人々が、犯人を目の前に読み上げる自身の身に起こった実話である。何の明るい変化もなく、明日の保証のない立場の人々にとって、輝いているのは過去の記憶、過ぎ去った出来事のみである。一つ一つの記憶を愛おしく思い、他の人質たちと、そして犯人とも物語として分かち合う時、闇の中に物語の光のゾーンが、まるで宇宙のように浮かび上がるのである。

だが、闇の中の光の物語であるがゆえに、生の記憶の中にも、いくつもの死の記憶が紛れ込み、物語が進むにつれ、死の影はまるで人質たちが自分たちの運命を予知したかのように、一層濃厚になってゆく。さらに、随所で出てくる「祈り」という言葉は、一体何を意味するものだろうか。

どの物語も、大きな出来事ではなく、どこにでもありそうなありふれた出来事の記憶からなっている。しかし、それぞれの輝きはこの本を読み終えるころには、一層強いものになっていることだろう。作者の透明感のある硬質な文体が、登場する物や行為の繊細なディテールに不滅の輝きを与えている。

この小説は、人がそれぞれささやかな違いにこだわりつつ、違った生を生き、そして違った死をも生きることへの賛歌である。同時に、二度と戻らない時間への荘厳なレクイエムにもなっているのである。

『人質の朗読会』は、その枠物語の秀逸さによって、ベストセラーとなった『博士の愛した数式』と並んで、多くの人に愛される傑作小説であると言えるだろう。


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