つぶやきコミューン

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内田樹・中田考『一神教と国家 イスラーム、キリスト教、ユダヤ教』
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 領域国民国家システムが「リヴァイアサン」の偶像崇拝なら、資本主義、というかアメリカ流の拝金主義は「マモン(銭神)」崇拝です。アメリカ流のグローバリゼーションとは、実のところ、本当の意味でのボーダーレスな自由な世界を目ざすものではなく、マモンとリヴァイアサンの配偶神を拝む偶像崇拝に過ぎません。
(『一神教と国家』p126)




思想家であり、武道家でもある内田樹氏とイスラーム学者中田考氏の対談、『一神教と国家 イスラーム、キリスト教、ユダヤ教(集英社新書)は、私たちの頭の中の世界についての既成概念を覆すスリリングな快著であり、怪著である。何と言っても、第五章はカワユイ(^◇^)カリフ道となっているのだから。

現在の「グローバリゼーション」の波は、実はアメリカ一国の価値基準によるフラット化であり、真の意味のグローバリゼーションではない。

その波に対し、「領域国民国家」という古びた概念が少なくとも日本には捨てがたい部分もあり、今少しメンテを加えながらセーフティネットとして機能させるべきであるとするのが内田氏の立場である。これに対し「領域国民国家」の存在は廃絶されるべきであるが、それはアメリカ一極基準のスタンダードではなく、イスラーム世界のカリフ制の復興という形で、新しい相互扶助的な共同体を復活させるべきであるとするのが、中田氏の立場である。概念上は一見対立するかに見える二人の対話だが、ユダヤ教とキリスト教に対する内田氏の広範な知識と深い洞察が、中田氏のイスラーム内部の事情を熟知した上での自由な発想と合わせ鏡のように照らし合い、今ある世界ではなく、「あるべき世界」像を立体的に浮かび上がらせ、出口がないかのように見える現代社会の趨勢に対する壮大なオルターナティブを提示してくれる―これが本書の醍醐味である。

イスラームは預言者としてイエスもモーゼも認めるが、後世の人の解釈を認めない。それらは人々の考えであって、神の言葉ではないからだ。イスラームが類似点を多く持つのは、ノマドの民という点で、ユダヤ教の方であり、定住民の宗教となったキリスト教とは対照的である。世界中で、どこでも生きることができる共同体を形成しているという点でもユダヤ教徒に近いものがあるが、イスラエルという国家のみが、一種の自己矛盾的存在となっている。

イスラーム世界において、カリフ制が廃絶されたのは、既得権益と結びついた層の利害によってであった。西洋化され、世俗化された国家は、西欧の悪しき部分のみを結びつけ、もはや人々の宗教的な共同体とは遊離したリヴァイアサンとなりつつある。このようにして、世俗化し、独裁化した国家は、西洋的な利権にからめとられ、内戦と虐殺の道を暴走しがちであり、大きなものはもはや期待できない。

本来のイスラームは、持てるものをともに分かち合う互助・互恵の精神に基づいた共同体であり、世界中どこへ行っても、「クルアーン」を唱えることでモスクの中にも入り礼拝に参加でし、食事にもありつくことが可能である。このようなイスラームの宗教の実態は、もはや政治体制の中には反映されていない。

必要なのは、「国民国家」という存在を経ることのない宗教による超国家的な共同体形成であり、それこそがカリフ制の再興なのである。これはもう一つの「グローバリゼーション」として、現在の世界を覆いつつあるアメリカ規格の平準化と対立するものとなるだろう。

イスラーム以外の「グローバリゼーション」に対向する項目として、食文化を内田氏は挙げる。画一化によって効率を上げることがことが高収益につながるというグローバリゼーションだが、食文化の多様性こそがリスク分散であり、飢える人をつくらないという人類生存の戦略である点を強調する。

アメリカ流の「グローバリゼーション」は、まさに十数億人というイスラーム世界の壁と衝突することで、早晩壁にぶつかることになる。アメリカは非イスラームの国に対しては、国民国家を解体する方向へと持ってゆこうとし、イスラームの国家に対しては国民国家を強化する方向へ持ってゆこうとするダブルスタンダードを取ることだろう。だが、「世界はフラット化する必要はないし、フラット化してはいけない」と中田氏は語る。

『一神教と国家 イスラーム、キリスト教、ユダヤ教』の前半では、イスラームについての予備知識を全く持たない人でもわかるように、教義や、習慣、宗派の違いなどもかみくだいた説明がなされ、格好の入門書となっているが、中盤以降ではメディアの報道では理解し難い各国の政治的状況の複雑な裏側もわかりやすく説明がなされ、目から鱗の発見も多い。それまで陰になっていた視点から世界を見直すことで、見え方が一変するというパラダイムシフトを経験する人もいることだろう。

フラット化する世界の一元性に対して、疑問を呈した本書は、一貫すべき価値観を持たない「リベラル」がもはや立場ではなく単なる態度にすぎず、「グローバリゼーション」の波に拮抗するだけの思想的な力を持ちえなくなった現在において、必読の一冊であると言えるだろう。
 
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