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瀧本哲史『僕は君たちに武器を配りたい エッセンシャル版』
JUGEMテーマ:自分が読んだ本

「投資」とは、お金を投資することだと一般的に思われているが、本質的な投資とは、自分の労働力や時間、人間関係を投資することでもあるのだ。ある時点で一つの投資活動は、その後の自分の未来を大きく変えるのである。
(『僕は君たちに武器を配りたい』P220)



瀧本哲史氏の『僕は君たちに武器を配りたい エッセンシャルズ版』講談社文庫)は、2011年9月に出版された『僕は君たちに武器を配りたい』(講談社)の短縮版である。

エッセンシャルズ版と銘打ち、わざわざワンコインで買える低価格の短縮版を出した理由として、瀧本氏は「すぐには売れないだろうと考えて、少部数を前提に高価格の単行本という形態を選んだ」ため、「一番メッセージを伝えたかった、最も若い世代には十分に届けられなかった」のではという疑問が生じたからとしている。

確かに今の世界のサバイバルの方法を教授するこの本の内容は、若者の進路決定の参考にもなるだろう。ただ、この本の内容を実行できるという点では、むしろ職場や貯金や人脈などのリソースを豊かに持ったより年配の世代により適しているのではないだろうか。

最初の二、三章では、今は高学歴であっても就職できない状況が続き、かつてエリートコースであった医師や弁護士でさえも十分な収入が得られるかどうか不安な時代に突入している。勉強ブームに乗せられて、資格をとってもほとんどは徒労に終わることが多い。安易に専業主婦の道を選ぶこともリスクの高い選択肢であると、現在の危機的状況が語られている。グローバル時代で、日本企業の優位性も崩壊し、賃金がフラット化することで、もはや従来の生活の安定したコースをとることが不可能になりつつある。こうした時代に、生き延びるための戦略とはどのようなものだろうか。

置き換え可能な人材である「コモディティ」とならない唯一の人となること、と難しい解答がまず示される。

この本の内容を大雑把に説明すれば、投資家の発想や知恵を身につけることで、サバイバルをはかろうという点では、『残酷な世界で生き延びるたった一つの方法』橘玲氏の著作に似ている。しかし、その「投資」の概念に関しては、『投資家がお金よりも大切にしていること』で示された藤野英人氏の考えに近いものである。

エッセンシャルズ版である本書のエッセンスをさらにかいつまんで語るなら、次のようにまとめることができる。

瀧本氏は資本主義の世界を、漁師の世界に例えながら、儲かる漁師としてまず6つのタイプを挙げる。儲からない漁師とは、置き換え可能な「コモディティ」としての漁師である。コモディティにならないためにはどうすればよいか。

1.とれた魚をほかの場所に運んで売ることができる漁師
2.一人でたくさんの魚をとるスキルを持っている、職人的な漁師
3.高く売れる魚を作り出すことができた漁師
4. 魚をとる新たな仕組みを作り出すことができた漁師
5.多くの漁師を配下に持つ、漁師集団のリーダー
6.投資家的な漁師

これを言い換えると次の6つになる。
1.商品を遠くに運んで売ることができる人(トレーダー)
2.自分の専門性を高めて、高いスキルによって仕事をする人(エクスパート)
3.商品に付加価値をつけて、市場に合わせて売ることができる人(マーケター)
4.まったく新しい仕組みをイノベーションできる人(イノベーター)
5.自分が起業家となり、みんなをマネージ(管理)できる人(リーダー)
6.投資家として市場に参加している人(インベスター=投資家)

p108

この6つの中で、二つが今後価値を失うことが予想されると、瀧本氏は言う。第一のトレーダーと第二のエクスパートである。

トレーダーが直面する困難は、インターネットの普及によるものである。簡単に価格の比較ができ、中抜きの構造が進行し続けている現在、営業頼みの商売はもはや時代遅れなのだ。エクスパートが直面する困難とは、産業の進歩の変化である。これまで積み上げてきたスキルがあっという間に過去のものとなり、必要性がなくなるのである。

つまりこれから生き残り、稼ぎ続けることができるのは、マーケターとイノベーター、リーダーとインベスターの四つということになる。それぞれの戦略とはどのようにあるべきだろうか?このへんのマーケットやイノベーションの概念に関して、多分にドラッカーの影響を受けていると思われるが、続けよう。

マーケッターは、顧客自体を再定義しながら、「ブランド」や「ストーリー」などの付加価値を作れる人である。必要なのは、「差異」であり、「ストーリー」である。企業や商品での差異を生み出すことは困難な時代には、顧客層の共感できる「ストーリー」を生み出さねばならない。

イノベーターの戦略は、落ち込んでいる業界にこそ、チャンスが眠っているというものである。そのためには、「しょぼい」仮想敵のいるマーケットに参入し、その長短を研究し、良いものはまるごとパクリ、難点に関しては逆をゆくことが重要である。イノベーションは全く新しいものではなく、従来あるものの新たな組み合わせである。

リーダーに求められるのは少数の優秀な部下よりも、大半を占める普通の部下のマネジメントの能力である。リーダーで大きな成功を収めた人に謙虚ですばらしい人格を持った人はほとんどいない。クレージーな情熱の持ち主のみが歴史に名を残すのである。

日本では投資と投機が混同される傾向にある。投機とは、短期で一攫千金をめざした利殖行為で、勝者と敗者が存在するのに対し、投資は無から有を生み出す行為であり、関わった全ての人が勝者となる。インベスターにとって重要なのは、投資する際できるだけ、多く張ることである。それもハイリスクハイリターンのものであり、選ぶ基準としては長期で富を生み出し続けるか、人を信用できるかのいずれかである。

こうした四本の柱を基軸に、これからの経済的生存戦略をまとめたのがこの『僕は君たちに武器を配りたい』である。顧客やイノベーション、マーケット、リーダーといった概念は、ドラッカーをトレースしているに近いが、6つのタイプの趨勢に関する整理や随所に散りばめられたビジネスヒントなど、これからの社会や個人の進路を考える上で多くの示唆に富んだ、刺激的な本と言えるだろう。




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