つぶやきコミューン

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北条司『エンジェルハート 2ndシーズン 7』
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今もって『シティハンター』の世界から卒業できないでいる。学生時代も大学を出てからも、冴羽都市に生きる人間のヒーロー像であった。格闘技や芸術のように、自らも技を磨き、その世界に一歩でも近づきたいと思うようなヒーローではない。ただ、同じ東京や新宿という街を歩くとき、心のあり方としてかくありたいと思う、精神のヒーロー。それが冴羽獠だった。

しかし、作者の北条司は、完結した『シティハンター』の世界を手つかずのままに、保存する道を選ばなかった。続編ともいえる『エンジェル・ハート』(作者はあくまで一種のパラレルワールドとしている)が、創刊した『週刊コミックバンチ』(新潮社)に連載されたのは、2001年のことである。

『エンジェル・ハート』の冒頭で、パートナーの槇村香は交通事故で死ぬ。一時期抜け殻のようになった冴羽だが、自殺をはかりながらも、香の心臓を移植され蘇生したスナイパーの「グラスハート」こと香瑩(シャンイン)を新たなパートナーとして、シティハンターは再起動する。心臓にも記憶が宿るという報告例に基づき、ときどき香の意識や面影が香瑩の上によみがえる設定から、このタイトルが与えられている。

現実世界ほど急ではないが、コミックの世界も時間が経過している。冴羽獠も中年の域に入り、野上冴子は警察署長となり、視力を失ったファルコンは喫茶店キャッツアイを営んでいる。香瑩は、冴羽の養子となり、香瑩と同じ組織で殺人機械としての訓練を受けた劉信宏も、ストリートチルドレンであったミキともども、ファルコンのもとで生活し、血のつながらない擬似的な家族の生活をそれぞれに営んでいるのである。

『シティハンター』時代の派手なアクションシーンも皆無ではないが、この擬似的な家族と、依頼者や偶然出会った人々との心の交流を描く人情話が『エンジェル・ハート』の基本テーマとなっているのである。

『エンジェル・ハート 2ndシーズン 7』(2ndシーズンは2010年よりの『月刊コミックゼノン』での連載分)には、三つのストーリーが混在している。

第1話は父親を失い母子家庭で育ったサッカー少年である三浦走(みうらかける)を劉信宏が肩入れして応援し、その不器用なさまをファルコン以下の面々がPTAとして、はらはらしながら見守るというハートウォーミングなストーリーのエンディング部分である。

第2話は、掲示板で数ヶ月ぶりに依頼を受けた冴羽だったが、その依頼主は男性で、断ろうとすると話を受けなければ、新宿で核爆弾を爆破させるという脅しがあったというものである。脅しではなく、核爆弾はコインロッカーに隠されていて、冴羽は引き受けざるをえなくなるが、その依頼は意外にも四人の人探し…四人のつながりは?そして、依頼主の正体は?

第3話は、夜な夜な劉信宏がうなされ、口にする言葉があったことから端を発する。それは、彼の生き別れとなった妹とかかわりがあるらしい。街で偶然救った少女がその妹に似ていたというのだが、真実は一体?という話のプロローグ部分である。

すべてにおいて、共通しているのは、失われた絆を取り戻す話である。牛刀を以って鶏を割くという言葉があるが、世界最高レベルのスナイパー集団がもはや倒すべき悪を見つけることができず、一件ずつこじれたり、切れてしまった人と人の絆を回復させようとするというところに、大きな時代の変化が感じられる。自らが傷ついているがゆえに、一層感情移入してこわれた他人の関係性の修復に彼らは奔走する。その背後として、3・11や拉致事件の影もさりげなくすべりこませられている。

『エンジェル・ハート』にクールさではなく、ノスタルジーとハートウォーミングな涙や癒しを求めて、今もなお読み続けてしまう私のような読者は、やはり疲れ、傷ついているのかもしれない。


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