松井優征『暗殺教室 6』
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■『暗殺教室』の人気の秘密
「国民的」人気を博する松井優征の『暗殺教室』も第6巻となりました。
タコのような真ん丸い顔に、触手を持った超生物が、エリート学校である椚ヶ丘学園中等部の落ちこぼれクラス、3年E組にやってきて、担任になる。月を七割方破壊した殺せんせーは、マッハ20の速度で空を飛び、自在に分身の術を使いわける。生徒たちに与えられた、国家もお墨付きの使命は、この教師を暗殺し、地球を消滅の危機から救うことであった。
こんな荒唐無稽なSF設定に、教育問題をからめた学園コメディ漫画が『暗殺教室』なのです。
あまりの速さで移動し、通常の銃弾も通用しないため、子供たち、そして周囲の大人たちがあらゆる計略を尽くしても、殺すことができない。殺すことができない、殺せん先生なので、殺せんせー、その過去は秘密のヴェールに包まれているけれど、実は何かのアクシデントによって、人がこんな姿に変えられたことを暗示するシーンもありました。
そんな周囲の事情とは裏腹に、殺せんせーは、生徒たちの自分への殺意を利用して、生徒のやる気を促し、あらゆる知恵や努力を引き出してゆきます。生徒の側の自分に対するあらゆる行為を容認しつつも、越えがたい壁として立ちはだかる。逆説的な状況において、描かれる理想の教師像こそ殺せんせーなのであります。
その一方で、エロ本を集めたり、薄給に苦しんだり、意外と小心者であったりと、等身大の男性教師の弱点を、ときどき垣間見せるところが、一層身近さを感じさせ、人気の理由の一つとなっています。
いつしか、殺せんせーと生徒の間には、奇妙な信頼関係、一体感が生まれてきます。反発と愛着というアンビバレントな状況も、教師の置かれた一般的な状況に通じるものがあります。
しかし、100億円の賞金がかかった殺せんせーの生命を、手段を選ばずなきものにしようと計る大人たちもまた絶えることがないのでした。
■第6巻の設定 ネタバレ注意!
【以下は具体的結末こそ書いていないものの、途中までの展開を整理してあるので、少年ジャンプを定期購読することなくこれから6巻をお読みになる方はご遠慮下さい】
第6巻は、三つのエピソードからなっています。
第一のエピソード:「溺れる時間」「水泳の時間」
水が苦手(?)な殺せんせーに対する刺客として、生徒たちが白羽の矢を立てたのがイケメグこと、片岡メグ。クラス委員で、文武両道。面倒見がよく、颯爽として凛々しい姿、女子なのにイケメンなので、こう呼ばれています。そんな彼女がなぜ、E組に落ちたのか?実は、彼女にはある出来事がきっかけで弱みを握られ、何かと頼られる同級生、心菜がいたのです。その話を聞いた殺せんせーは、心菜をメグから自立させようと一計を案じます。「いけません 片岡さん しがみつかれる事に慣れてしまうと…いつか一緒に溺れてしまいますよ」果たしてこの計画はうまくゆくのでしょうか?
第二のエピソード:「寺坂の時間」「ビジョンの時間」「実行の時間」「現場の時間」
E組の中の最近の変化、中間試験の成績向上、球技大会での野球部への勝利、野外プールまで完備した環境の向上を快く思わない寺坂竜馬が、プールを壊したり、様々な妨害行為をはたらきます。「気に食わねぇ どいつもこいつもあのタコに取り込まれやがって」−そんな彼の心につけこんだのが、殺せんせーと同じ能力を持つ少年イトナを操る白装束の男でした。殺せんせー自作プールでの水泳の時間、殺せんせーに危機が迫る。しかし、寺坂の意図に反し、それは生徒たちの生命を人質に取った卑劣なものでした。苦手な水の中の戦いで、殺せんせーは生徒たちを残らず救いきれるのか?
第三のエピソード:「期末の時間」「息子の時間」「エースの時間」
1学期末の期末テストで、E組はA組と成績で対決することになります。殺せんせーは、生徒へのボーナスとして、教科ごとに学年1位をとった者に、触手を一本破壊する権利を与えるという提案をします。殺せんせーは触手を一本失うたびに、20パーセント運動能力を失い、それだけ暗殺のチャンスが増えるというのです。「…この先生は…殺(や)る気にさせるのが本当に上手い」潮田渚は思います。しかし、これを迎え撃つ特進クラスのA組も自主的に勉強会を開き、理事長の一人息子、浅野学秀を含むエース級の戦力を投入。5科目勝負で、負けたクラスが勝ったクラスのいいなりとなるということでした。果たして、勝敗の行方は…
第三のエピソードのもう一つの見所は、A組の戦力紹介のシーン。「ザコキャラならこの男は外せない!! 2人組のニキビの方 田中信太だ!!!」「興味なアァァァァいッ説明不要!!! モブ以上!!!脇役以下!!!高田長助だ!!!」これは、板垣恵介の『グラップラー刃牙』の最大トーナメントの登場シーンのパロディですね。もともと、軍隊をもってしても殺せず、大国も恐れるという殺せんせーの設定自体が、「地上最強の生物」範馬勇次郎的なものですから、松井優征が板垣作品に大きな影響を受けているのは確かでしょう。
三つのエピソードを通して、著者はエンターテイメントの面白さをフルに発揮しながらも、さりげなく1)友人に依存症の生徒の自立 2)あまのじゃくなクラスの反抗児に居場所を見つけてやる 3)「幸福の王子」のような教師の自己犠牲の精神や、学内格差社会の解消といった諸問題を扱っています。もちろん、すべては殺せんせーの超生物としての能力ゆえにハッピーエンドになるのですが、『暗殺教室』は、現代の学校社会を舞台とした一種のユートピア物語だと言うことができるでしょう。
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