つぶやきコミューン

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村上もとか『JIN−仁−』
JUGEMテーマ:自分が読んだ本 文中敬称略

『JIN−仁ー』の5つの魅力とは?



堀江貴文『ネットがつながらなかったから仕方なく本を1000冊読んで考えた』で紹介されていて、無性に読みたくなった村上もとか『JINー仁ー』(集英社)。一気に単行本20巻を買って読みきってしまった。『JIN−仁ー』は、幕末を舞台とした医療漫画であり、いわゆるタイムスリップ物である。TVシリーズを見た人にはすでにおなじみの話だが、現代の脳外科医、南方仁があるきっかけで、幕末の江戸にタイムスリップし、医学の技術と知識を活用し、さまざまな病気や怪我の治療にあたるというものである。

この漫画の魅力は、大まかにわけて5つある。

 一つは、堀江氏の紹介の力点ももっぱらここに置かれているのだが、現代の医療知識を江戸時代でいかに再現するかという問題である。器材がない、さまざまな薬もない。そこで、何とか当時の技術を借りて、まず医療器具をつくり、そして次に薬を作ろうとする。特にアオカビから取れるペニシリンは、この物語の中で大きな役割を果たしている。できたとしても保存がきかないものを、いかに運ぶか、そして次には量産するか、が課題となってゆくのである。

二つ目は、タイムスリップ物特有の決着の付け方に関するものである。最近のタイムスリップ物としては、石井あゆみ『信長協奏曲』久保ミツロウ『アゲイン!』がある。『信長協奏曲』も現代人が歴史の中で生きることとなるタイムスリップ物だが、真相はともかく歴史の流れの見かけは変わらない。つまり、知られた通りの経過を、歴史はたどってゆくのである。『アゲイン!』では、歴史はどんどん変わり、かつてなかった出来事が次々に起こってゆく。結局、自分の生きる複数の世界が存在することになり、その後の世界も過去を変えることで、どんどん変わってゆく。この先例としては、ケン・グリムウッド『リプレイ』がある。主人公が過去に戻り、現在の知識を多用して、負け組人生を勝ち組人生に変えながら生き直すというものである。

『アゲイン!』で変わるのは、高校生同士の出会いや部活への参加、イベントの成功程度の変更にすぎないが、『JINー仁ー』の中で南方は、目の前の患者を救うためには、江戸時代になかった知識や技術で、どんどん患者や怪我人を治療してゆくこともいとわない。その結果は、本来生きるはずのなかった人を長生きさせることになる。そうした運命の糸をどんどん変えてゆくと、南方自身の先祖にまで影響を及ぼすことにもなりかねない。映画『バック・トゥー・ザ・フューチャー』で問題になったように、自分の父親と母親が出会い、結ばれなければ、自分はこの世に存在しないことになる。南方仁の医療行為は、そうしたリスクをも背負い込むことである。そして、その果てに世の中に起こるものとは一体何だろうか?

三つ目の魅力は、幕末の江戸の風景が実に細かくリアルに描かれていることである。漠然とした街の描写ではない。特定の場所の百数十年前の風景が、鮮やかに多くのコマを活用して描かれ、まるで当時の江戸の街を生きているかのような錯覚を覚えることさえある。幕末には、西洋から写真術も渡来し、当時の風景が写真として残されているが、それでカバーできない場所まで細かく描かれていて、ごまかしがない。時に現代と風景と二重写しになって現れる御茶ノ水界隈の風景や、きらびやかにカラーで描かれる吉原の風景もとても魅力的であり、昔この場所はこうだったのかと強烈な印象を与える。このサプライズが、最初から最後まで続くのである。

どうして、漫画家にこのような行為が可能なのだろうか。村上もとかは、手塚治虫のように、医学部を卒業したわけではない。大学で歴史を専攻したわけでもない。

『JINー仁ー』を手に取ればわかるように、この作品には三人のブレインがいる。

順天堂大学医学部客員教授の酒井シヅ(医史学)
杏林大学医学部・医学博士の富田靖彦
聖徳大学人文学部教授の大場邦彦

肩書きは巻を重ねるにつれ変って行くが、三名の監修者が明記されている。いわば三人分の碩学の知識を動員させて作り上げられたビジュアルな歴史絵巻が『JINー仁ー』の世界なのだ。

四つ目の魅力は、歴史上の有名人物との出会いとエピソードである。『JINー仁ー』の副主人公ともいうべき人物は、坂本竜馬であるが、他に勝海舟、西郷隆盛、徳川慶喜、沖田総司・近藤勇といった新撰組の面々も大きな役割を物語の中で果たすことになる。時に彼らの怪我や病気の治療をし、深く関わり、親交を深める中で描きだされる人物群像も魅力的である。南方仁は、彼らの行く末を知っている。しかし、歴史の流れを食い止めることも、変えることもほとんどできない。それでも、あえて変えたいと思った唯一の例外があった。それは…

五つ目の魅力は、ラブストーリーである。仁が幕末の時代に出会った女性、旗本橘家の娘、咲。咲は仁の助手となり、手足となって働くうちに、互いに惹かれあうようになる。しかし、彼女とともに幕末の時代に生きることは、現代に戻ることを諦めることである。果たして結ばれることは可能なのか。

江戸時代にタイムスリップするまでもなく、世界の僻地に行った医師は、同じような器材や薬品、施設の不足に直面することだろう。時に現地の人の手や技術を借りながら、どのように救ってゆくのか、『JIN−仁ー』の示す道はそのまま世界における医療の道にも通じているのである。

PS 『JIN−仁ー』は全20巻の単行本以外に全13巻の文庫本があります。文庫本の方が巻数も少なく安くつくのですが、この作品は手術シーンや薬品の製造過程になると字数が異様に増える漫画です。選択の際には、視力の状態を考えに入れた方がよいでしょう。





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