つぶやきコミューン

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東浩紀『クリュセの魚』
JUGEMテーマ:自分が読んだ本 文中敬称略

―ぼくはこんどこそ、あのときに言えなかった言葉を言おう。好きだと、愛していると言おう。そしてきみを救い出したいのだと、ふたりで火星に棲みたいのだと、魚が棲む星でふたりきりで海に囲まれて暮らしたいのだと、そのようにはっきりと言おう。
(『クリュセの魚』p11)



『クリュセの魚』(河出書房新社)は、思想家にして作家である東浩紀のSF恋愛小説。25世紀の火星が舞台となる。クリュセは火星に実在する地名、バイキング1号が着陸した地点としても知られ、かつて水が流れていたとされる。

東浩紀の小説には桜坂洋との共著の『キャラクターズ』(2008)『クオンタム・ファミリー』(2009)がある。しかし、どちらも思想家東浩紀の活動の延長として読まれるもので、あまりにペダンティック、幅広い読者を楽しませるには至らなかった。

しかし、『クリュセの魚』は違う。登場人物の名前こそ前作の『クォンタム・ファミリー』を引継ぎ、物理法則を越えた愛というテーマを共有しているが、何の知識がない読者が普通にSFとして、あるいは未来世界を舞台とした恋愛小説として読んだとしても、最後まで違和感なく楽しめるものである。

この成功は、立ち上がりを十一歳の少年のモノローグで始めたことによるところが大きい。主人公を著者の分身のような知識人にしてしまうと、出来事より、過剰ともいえる知による世界の解釈が先行してしまう。これが思想家=東浩紀というコンテキスト外の読者を、入り口で遮断する傾向があったのである。

(以下は若干のネタバレを含む、物語の最低限のアウトラインです。『クリュセの魚』を白紙状態で読みたい方は黒文字の文までスキップしてお読み下さい)

地球暦2445年、火星の居住民で、初級校5年生の葦船彰人は、クリュセ低地の開星記念堂で5歳年上の大島麻里沙と出会い、恋に落ちる。本来許されない地区にまで立ち入って逢瀬を楽しみ、次第に深い関係になるが、ある時、麻里沙は彰人の前から姿を消してしまう。この部分には、東のこれまでになかったみずみずしい文体による感情描写が見られる。背景となるテラフォーミングされた火星の風景も心に残るものがある。

第二部では、彰人とその存在も知らなかった娘との物語が主となる。やがて、地球と火星の間にワープを可能とするワームホールゲートが発見されたことにより、それまで隔離されたユートピア状態であった火星にも地球文明の影響により俗化されてゆく。そんな折、父と子は大きな運命の波に巻き込まれ、翻弄されることとなる。

ワームホールゲートは、実は異性人が残した謎めいた存在であり、その謎を探るうち、失われた麻里沙との再会を期して、彰人は旅に向かうこととなる。果たして、二人は再びめぐり合うことができるのか。二人の出会いに隠された運命の秘密とは?

この物語の楽しみ方の一つは、ジュブナイルな恋愛小説としてであるが、やがてそれは時空を越えたラブストーリーへと変容してゆく。そうした中で、愛についての普遍的な問いかけがある。

もう一つの楽しみは、火星に移民した後の人類の文明のシュミレーションである。ブラッドベリという都市名が登場するように、この作品はもう一つの『火星年代記』である。政治は、文化は、言語は、どのように変わってゆくのだろうか。その時、地球にはどのような変化が訪れているのか。ビジュアルな形で具体化されることで、地球文明のあり方を問うヒントとなることであろう。

世の「文学者」には、二種類ある。「文学」者と文「学者」である。前者がクリエイティブの海の中に決然と全裸で飛び込むのに対し、後者はスクール水着で知識という浮き輪にしがみつき、深くもぐることができず言葉の表層を漂っている。後者の巣窟である大学の教官というポジションを決然と捨て去ることにより、サルトルのようなフリーランスの物書きにして起業家となった東浩紀は、文「学者」であることを止め、「文学」者となった。『クリュセの魚』は、その大いなる一歩を示すものである。

関連ページ
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