つぶやきコミューン

立場なきラディカリズム、ツイッターと書物とアートと音楽とリアルをつなぐ幻想の共同体
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いとうせいこう『想像ラジオ』
JUGEMテーマ:自分が読んだ本 文中敬称略
「死者と共にこの国を作り直して行くしかないのに、まるで何もなかったように事態にフタをしていく僕らは何なんだ。この国はどうしちゃったんだ。」
(『想像ラジオ』)



軽いエンターテイメント小説気分で手に取ったいとうせいこう『想像ラジオ』は、こんな軽快なトークで始まる。

 
 こんばんは。
 あるいはおはよう。
 もしくはこんにちは。
 想像ラジオです。
 こういうある種アイマイな挨拶から始まるのも、この番組は昼夜を問わずあなたの想像力の中でだけオンエアされるからで、月が銀色に渋く輝く夜にそのままゴールデンタイムの放送を聴いてもいいし、道路に雪が薄く積もった朝に起きて二日前の夜中の分に、まあそんなものがあればですけど耳を傾けることも出来るし、カンカン照りの昼日中に早朝の僕の爽やかな声を再放送したって全然問題ないからなんですよ。
 でもまあ、まるで時間軸がないのもしゃべりにくいんで、一応こちらの時間で言いますと、こんばんは、ただ今草木も眠る深夜二時四十六分です。いやあ、寒い。凍えるほど寒い。ていうかもう凍えてます。赤いヤッケひとつで、降ってくる雪をものともせずに。こんな夜更けに聴いてくれている方々ありがとう。
(pp7-8)

男の名前は、DJアーク。小さな海沿いの町で生まれ育った米屋の次男坊。38歳で妻と息子がいる。

想像ラジオって、単なる個人の妄想なのだろうか。でも、リスナーが便りをよせて、それが次々に読み上げられる。

彼がDJを行っているのは、大きな杉の木の上で、そこには一羽のハクセキレイが身動きもせず、止まっている。

なんだろう、このシチュエーションは?ドイツのロマン派みたいな現代のメルヘン、ファンタジーの類なのか。

彼の声は、人の心に直接届き、そこで自由に曲を、お好みならば複数の曲だって同時にかけることができる。

テレパシー?でも、いまどきそんなことしなくたって、ソーシャルメディアを使えば、いくらでも、何人相手だって、直接コミュニケーションできるじゃないか。想像ラジオとか、そんな非現実な設定使わなくたって…

だが、読み進めてゆくうちに、私たち読者は知るのだ。箱舟の名を持つDJアークが何者なのか、彼のラジオに耳を傾け、便りを寄せているリスナーが何者なのかを。

中学校の時の同級生からの便りには、こんな文章が綴られていた。

 
 ほんの少し一人で運転している間に、遠くで信じられないことが起き始めているのを見た。空の下半分くらいが黒く見えてきた。六メートルなんて嘘だとわかった。あちこちの家が同時にふらふらと動き始め、そこにビルと自動車が加わった。建物という建物が左右に揺れて移動した。車を荒っぽくUターンさせて、私は両親のもとへ急いだ。今度は行く道行く道が他の車でふさがっていた。私は車を捨て、振り返り振り返りしながら走った。
 
 
 芥川君、それからずいぶん長い時間が経った。知らないうちに、私の体もずぶ濡れになっていた。振り返って下を見た時、赤いヤッケの人が高い場所に持ち上げられ、ぐるぐる回るのをちらりと見た気がした。それからしばらく水の中に見えなくなった。私も水に呑み込まれていたのかもしれない。
(p40)

そこから後は、もう平常心でこの本を先に進むことができなっていた…

フィクションの書評というのは、物語を語りすぎてはならない。しかし、ここまでは語らないと、この本については何も語ったことにならない。

私たちが忘れてはならないあの日のこと。それなのにいつの間にか置き忘れようとしている出来事と人々への思いが、心の中に奔流のように甦る。

「亡くなった人はこの世にいない。すぐに忘れて自分の人生を生きるべきだ。まったくそうだ。いつまでもとらわれていたら生き残った人の時間も奪われてしまう。でも、本当にそれだけが正しい道だろうか。亡くなった人の声に時間をかけて耳を傾けて悲しんで悼んで、同時に少しずつ前に歩くんじゃないのか。死者と共に。」(p132)

忘れられようとしている人たちの無数の人の声を、直接わたしたちの心に届けようとする試み、それが『想像ラジオ』。必要なのは、想像力だけである。

 そのへんはまたおいおい話すとしてこの想像ラジオ、スポンサーはないし、それどころかラジオ局もスタジオもない。僕はマイクの前にいるわけでもないし、実のところしゃべってもいない。なのになんであなたの耳にこの声が聴こえてるかって言えば、冒頭にお伝えした通り想像力なんですよ。あなたの想像力が電波であり、マイクであり、スタジオであり、電波塔であり、つまり僕の声そのものなんです。(p8)

失われようとする街や人々の記憶をまるごと保存した箱舟、DJアークの話はまだまだ続く。その声に耳を傾けるかどうかはあなたしだいである。

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