つぶやきコミューン

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東浩紀編『チェルノブイリ・ダークツーリズム・ガイド』(4)
JUGEMテーマ:自分が読んだ本  文中敬称略



5.ウクライナ人は語る

津田大介「チェルノブイリから語る」に続いて、本書の大きな柱となっているのは、六人のウクライナ人へのインタビューである。チェルノブイリの事故の時、まだ若かったこれらの人々は、今異なった立場、異なった意見を持ちながら、チェルノブイリについて、語っている。そのうちインタビューを要約して紹介するが、それを見れば、『チェルノブイリ・ダークツーリズム・ガイド』の本質的な性格がはっきりと見て取れるはずだ。

ドミトリー・ボブロ(立ち入り禁止区域庁第一副長官) 

歴史に「もし」はありませんが、チェルノブイリ原発の事故がなければ、ソビエト連邦は崩壊していなかったでしょうし、わたしの人生も違ったものになっていたでしょう。p82

そう語るボブロは、被爆量の境界に関して、年間1−20ミリシーベルトの間にあると考えているが、ウクライナは年間1ミリシーベルトという厳しい基準を定めているという。そして、大部分が70歳以上というサマショールの居住を容認しているのは、「強制的に移住して受けるストレスのほうが、ゾーン内で受ける放射線量の健康被害よりも深刻だから」と言う。福島と共通した問題を抱えているわけだが、新たな居住や帰還は許可していないし、子供については特にそうである。このあたりの現実判断は、参考とすべきだろう。

アンドレ・ジャリチェンコ(旅行会社 Tour 2 Kiev代表)

完全に打ち捨てられた街、その中で野生化している木々……それは強烈な印象を与えます。それらを目にしたとき、観光客のみなさんは人生や世界がいかに脆いものであるかを強く実感する。p85

ゾーンへのツアーはそれほど利益が出るものではないが、それでも啓蒙的な意味において、運営し続けている。

わたし自身は、訪問者に、悲劇の意味を、そして今後どう生きていくべきなのかを考えているように心がけています。p86

人間の脆弱さを理解してもらうこと、そして哲学的な意味を問うこと、さらに社会でメッセージを伝え、コミットメントを行うことを期待するジャリチェンコは強い使命感を持ってこの仕事に携わっているのである。

セイルゲイ・ミルヌーイ(作家、観光プランナー)

ジャリチェンコとは、対照的な意見を持ちながら仕事に携わるミルヌーイは、事故処理の担当し、科学者としてのキャリアもある。

人間は一般に考えられているよりもはるかに放射能に強いということです。あるていどの被爆は、痣や骨折、あるいは軽い火傷と同じようなもので、健康に一定の被害を与えるものの、自然治癒によって回復する。p88

こう語るミルヌーイは、科学的知見に基づいて、観光ツアーが行われることは、放射能の危険に関する啓蒙的な価値があると言う。廃炉に関しても、かなり現実的な考え方を示している。

  原発の新規建設には反対です。ただしいま稼働中の原発に関しては耐用年数まで稼動させ続けるべきです。原発は段階的に建設されたので、減らすのも段階的でなければいけない。そのあいだに再生可能エネルギーを開発する。それがもっとも現実的なシナリオでしょう。p91

同じような意見を多く、日本でも耳にしたことがある。最終的に、この国はどのように事故の決着をつけるのだろうか。

アンナ・コロレーヴスカ(チェルノブイリ博物館副館長)

現職を20年を以上勤めている彼女は、文明に危機意識を持ちながら、この仕事に強い使命感をもって取り組んでいる。それは次の言葉からもうかがえる。
 
入館料は10フリヴニャ。つまり一ユーロです。安すぎると言われます。ですがわたしの考えでは、この博物館では料金を上げてはならない。だれでも見ることができる水準であるべきです。p95

博物館の目的に関しても、イギリスの物理学者ジョン・トムソンの「人類はあまりに多くの玩具を与えられた赤ん坊のようだ。そしてこの玩具の遊び方を覚えたときには、人類はいなくなっているだろう」という言葉をひきながら、そうした事態を引き起こさないよう、文明との折り合いをつけることを目指すべきだとしている。

彼女の次の言葉は読む者の胸を熱くさせずにはおかないだろう。

チェルノブイリでは、事故を経験した人々がまだ生きている。そして彼らには子どもや孫が生まれている。そんな現実を目の当たりにしていると、やはりそれを世界へ届けたいと思ってしまいます。
  いまでは、おそらわたしは息を引き取るまでこの問題について語り続けるのだろうと思っています。
p97

アレクサンドル・ナウーモフ(元内務省大佐、ゾーン案内人)

チェルノブイリの機密文書の公開に大きな役割を果たしたナウーモフは、告発の対象にされなったが、これはすでに行われていた機密解除を政府高官が理解していないためだった。ストーカーという言葉を好まない彼だが、積極的に情報を伝え広めようと考えている。

わたしがゾーンに行くのは、好奇心ではなく、事故後の真実を語るためです。真実を語ることができる人たちに情報を伝えたい。p98

彼はゾーンの観光の危険性についてこう語っている。

放射能はあります。わたし自身、健康被害も抱えています。しかし線量計を持っていき、きちんとホットスポットを避ければ問題はない。許可されたコースを歩き一日で被曝する量は、飛行機で大西洋を通過する間に受ける線量、あるいは歯のレントゲンを撮って受ける線量よりも少ないはずです。問題は、チェックポイントを通らず、危険地帯を不法に歩いているストーカーたち。あと、本当に恐ろしいのは凶暴化した野生動物かもしれません。p99

多くの人がチェルノブイリを訪れるのはよいことだが、正しい情報に基づいた行動が必須である。そのためにも、多くのガイドのレベルがゲームの世界どまりであることを憂慮するナウーモフである。

アレクサンドル・シロタ(「プリピャチ・ドット・コム」代表)

6人のインタビューの最後を締めるのは、幼年期をプリピャチで過ごしたシロタである。16歳の時に故郷に戻り、それを綴った文章が国連の雑誌でも発表され、それがきっかけでジャーナリストと歩むようになったと語る。彼の言葉は、日本のこれから、福島のこれからを考える上で、多くの示唆を与えるものだ。

とても雪が多い冬で、死んだような街で半日過ごしました。雪溜りのなかを歩いて家に戻り、母が働いていた文化宮殿や自分が通っていた学校にも行きました。荒廃した街を独り歩きながら、自分がもはやこの街に暮らすことはないんだと理解しました。p100

現在関わっている「プリチャピ・ドット・コム」も他の人が始めたものだが、最初はひどい内容だった
。情報のいいかげんさに腹を立て、抗議のメールを送ったところ、逆に編集責任者を任されるようになって今日に至っている。彼はチェルノブイリへのツアー事業に取り組む理由をこう語る。まさに、街や地域と運命をともにする人間の魂の叫びとも言うべき内容だ。

  ぼく自身がなぜチェルノブイリに人を案内するのかといえば、それはお金のためではありません。チェルノブイリはだれでもが目にしなければならないものだと思っているからです。ここでは世界観が変わる可能性がある。参加者の10人に一人でも、ここで変化が起きて、将来廃墟を残さないような人になるのならばそれで成功なんです。p102

彼が今取り組んでいるのは、プリピャチの街の保存だが、劣化が激しく、もはや手遅れとも感じている。

  正直に言うと、プリピャチについてはもう保存は手遅れだと考えています。もし運動を一〇年前に始めていたら、街を残すことができたでしょう。けれど間に合わなかった。もう建物は朽ち始めている。もしかしたらプリピャチは、このまま朽ちるに任せるべきかもしれません。ウクライナのポンペイになればいい。p103

福島でのツアーのあり方については、保存は今から始めないとだめだが、ツアーは線量的にも危険であると言う。脱原発について、シロタはこう語る。
 
  ぼくならば、問題設定を「原子力を脱することができるか」ではなく、「原発の操業をいかに脱するか」と置き換えます。稼動を停止して、完全に操業を脱した原発がどれだけあるでしょう。膨大な数の核施設が存在する中で、稼動を中止した後の処理は今後大変深刻な問題になっていくはずです。チェルノブイリ原発でも二〇年以上も廃炉にするための作業が続けられていて、いまだに終わっていない。
 実際問題、原発を止めるのはとても難しいでしょう。利権と密接に絡んでいる。原発を止めさえすれば、空に虹がかかり誰もが幸せになる、というような結末にはならない。
p104

ここには、わたしたちが真剣に考えるべき問題が集約されているように思われる。憲法問題も、領土問題も棚上げし続けても、実は誰も困りはしない。だが、原発の問題は、汚染物質が増え続け、使用済み核燃料が増え続ける今、棚上げし続けることは物理的に不可能である。社会がそれを「ブラックボックス」化する期間が長ければ長いほど、大きなツケとして、わたしたちへと、わたしたちが死んだ後は、わたしたちの子孫へと巡ってくるのである。

どのような福島を、事故後数十年の姿として想像するのか、そこでの教訓をどう伝えてゆくべきなのか、それはわたしたちの世代の避けて通れない課題であり、使命なのである。

東浩紀編『チェルノブイリ・ダークツーリズム・ガイド』(3)
東浩紀編『チェルノブイリ・ダークツーリズム・ガイド』(2)
東浩紀編『チェルノブイリ・ダークツーリズム・ガイド』(1)
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