つぶやきコミューン

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東浩紀編『チェルノブイリ・ダークツーリズム・ガイド』(2)
JUGEMテーマ:自分が読んだ本 文中敬称略


 
2.文字・画像・物−レイヤー化された書物−

『チェルノブイリ・ダークツーリズム・ガイド』は、無数の入り口と無数の出口を持った書物である。その中には何十もの記事や図表と、何百もの画像がある。そのどこから入ってもよい。そして、外への出口は、たとえば他のダークツーリズムスポット案内であれ、関連した書物や映画、ゲーム、ウェブサイトの案内であれ、いくつも存在し、それらの世界へとワープすることも可能である。

書物は、文字と画像といった情報の集合体であるが、同時に物でもある。

書物は、電子化されることによって、情報はまるごと残るが、物としての実在を失う。

今のところ電子化を拒絶している『チェルノブイリ・ダークツーリズム・ガイド』は、物としての書物にこだわった編集の産物である。

物としての書物は複数のレイヤーを持つ。

たとえば、A4サイズの本の表紙は、現在のチェルノブイリの写真で覆われているが、実はその上に帯があり、実は三層のレイヤー構造になっている。

ダーク1

金色の帯に刻まれたのは、もうひとつの「フクシマ」に始まる白い活字であり、これは取材による言語全般を代行する。

第二のレイヤーであるカラー表紙の背面は、村上隆監督の映画、『めめめのくらげ』であるが、ここで一切の日本語は使われずアルファベット表記となっている。帯の上と下は同じ画像であり、帯の上は同時代の邦人の知的活動としての『めめめのくらげ』としての文脈、帯の下は世界的アーチストの映像作品、jelly fish eyesとしての文脈とも捉えることができる。

ダーク2

ちなみに、『めめめのくらげ/jelly fish eyes』は、3・11の大震災の津波で父親を失い、原発事故で避難した少年の、避難先での冒険の話である(詳細は、当ブログ内の拙文を参照されたい。→
村上隆『めめめのくらげ』)

『めめめのくらげ』もまた,広告でありながら、すでに『チェルノブイリ・ダークツーリズム・ガイド』余白の参照項目として、出口の一つとしてこの書物へと組み込まれているのである。

表紙を剝ぎ取ると、第三のレイヤーが姿を現す。そこにあるのは、チェルノブイリの建設当時のモノクロ写真である。表紙の下の画像は、表紙上の画像とアングルを揃えられているが、当然表紙の上のカラー写真にある石棺は、モノクロ画像には存在しない。

まさに二十数年の差異が、二つのレイヤーの間には存在するのだ。

デリダ風に言えば、その間に存在するもの、それはチェルノブイリのdifferanceである。

チェルノブイリは、そこで差異化されるだけでなく、延長され、時間化される。

その間の出来事こそ、この書物の主要な内容なのである。

3.写真は語る

『チェルノブイリ・ダークツーリズム・ガイド』を、どのように読むべきか。

この本を読むことは一種の旅である。どこから開いてもよいように思えるが、まず私たちをとらえずにおかないのは、数多くの画像、写真である。

黄金色に、どこまでも続くかのように見えるチェルノブイリの廊下。それは、現代のツタンカーメンの墓所のようにさえ見え、不気味な輝きを放つ。

建設途中の、新石棺の、巨大なアーチの美しさ。何も知らなければ、オリンピックに向け建設中のスポーツアリーナかと思ってしまうだろう。

ゾーン内のいくつものスポットの中でも、ひときわ目をひくのは、ニガヨモギの星公園の像である。

人形が置かれた幼稚園内部の画像。だが、本文を読めば、これがフェイクだとわかる。

新石棺から旧石棺に至るパノラマ画像。レールが両者をつなぎ、バカバカしいまでの作業スケールの大きさを感じる。その手前に立つ取材班の中でも、津田大介の金髪がひときわ目をひく。

崩壊しかけたプリピャチ市内の画像、地化倉庫を流れる雪解け水。

過剰なまでのオブジェと画像が所狭しと壁面一杯に並べられたチェルノブイリ博物館の内部。それは時に、ホラーハウスや蝋人形館のようにも見えれば、芸術家のアトリエやアートスペースのようにも見える。

博物館のメインホールのカラー画像はあまりに美しく、王家の墓のような荘厳さをたたえている。

ゾーンに立ち並ぶ無数の送電線は、文字通り十字架の形をして、エヴァンゲリオンの人類補完計画のシーンを想起せずにはいられない…

廃墟画像の極地とも言える、見開きいっぱいのプリピャチの観覧車の画像は、あまりに悲しい美しさをたたえ、言葉を失う。

こんな風に、時に解説の文字を少し前までさかのぼって拾いながら、飛行機で上空を飛ぶように、画像と活字によって彩られた書物の風景を俯瞰する旅を行うことが、多くの人にとって『チェルノブイリ・ダークツーリズム・ガイド』を読む時の、最初の儀式となることだろう。

                                              (to be continued)

東浩紀編『チェルノブイリ・ダークツーリズム・ガイド』(1)
東浩紀編『チェルノブイリ・ダークツーリズム・ガイド』(3)
東浩紀編『チェルノブイリ・ダークツーリズム・ガイド』(4)
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