つぶやきコミューン

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東浩紀編『チェルノブイリ・ダークツーリズム・ガイド』(1)
JUGEMテーマ:自分が読んだ本
 


1.はじめに

チェルノブイリとは何か?

それは、もはや単なる地理上の場所の名称ではない。

原発事故とその収拾、住民の生活の変化、そして土地の復興といった諸問題の総称である。そして、原子力というものに対する人々の思い、感情、観念の総称でもある。

チェルノブイリを考えること、それは福島を考えることである。

チェルノブイリの過去を知ること、それは福島の未来を知ることである。

チェルノブイリで起こったことの多くが福島でくり返されることだろう。

チェルノブイリで起こったことのいくつかは福島でくり返されないことだろう。

内陸部と海沿いの地理的な違い、気候の違い、広い国土と狭い国土の違い、人口密度の違い、国の政治制度の違いを越えて、共通の問題がわたしたちの前に、暗い運命となって横たわり続ける。

福島周辺の、この暗い運命に直接向かい合おうとしても、多くの問題が錯綜し、複雑な感情がもつれ合い、冷静に議論を組み立てることは難しい。

だから、事故後のチェルノブイリの27年の歴史、そこでの人々の足跡、あらゆる試みとその結果を振り返ることが必要なのだ。

チェルノブイリは、いわば異化された福島である。

そこでの問題は、おおまかに分けて三つある。

一つは破壊され、汚染を撒き散らし続ける原子炉を、どのように安全な状態へと移行させるかという廃炉の問題である。

もう一つはその周辺で生活していた人々をどこまで帰還させ、どこから先は居住を禁止するかという汚染程度による住み分けの問題である。

そして、最後の問題はそのように陰のイメージが付与された土地、だが人々が居住し、今後様々な産業に営み続けるであろう土地を、どのような形で、プラスのイメージを付与しながら、復興させるかという問題である。

チェルノブイリとその周辺で起こったことは、模範解答でないとしても、ウクライナの人々の衆知を集めたその真摯な解答例である。

東浩紀編 『チェルノブイリ・ダークツーリズム・ガイド 思想地図β4-1』(ゲンロン)を通読して感じるのは、少なくとも現在の私たちよりも、ずっと真摯に、目の前の問題から目をそらさずに、言葉先だけでごまかすことなく、ウクライナの人々が解答しようとしてきたという足跡である。

ベストでないとしても、同じだけの議論、同じだけの試みが、果たしてこの国で現在なされ、これからなされてゆくだろうか?

面倒な事柄の収拾に関しては、国や地方自治体や電力会社に任せつつ、その進行に蓋をしたまま、記憶のうちで風化させ、忘却に任せるままに終わらないだろうか。

福島第一の事故以前からずっと粘り強く反原発の運動を続けてきた人は別としても、原子力そのものに異議を唱えることなしに、その恩恵を享受してきた私たちは、国や東京電力同様、責任がある。

この責任とは、原発事故の収拾を最後まで見届け、可能な限り安全な居住地域を広げ、そこで生活する人々の糧を保証するという社会的努力へのコミットメントである。

まずは見続け、関心を維持し、議論を熟成させること。

どこまで居住を許し、どこから放棄するのか。

どのような形で復興が可能なのか。

そして、どのように事故の記憶を残し、あるいは残さないのか?

『チェルノブイリ・ダーク・ツーリズム・ガイド』には、これらへの解答そのものでないとしても、解答への多くのヒント、考える材料が凝縮されている。

そういう意味において、この本は間違いなく2013年に出版された最も重要な刊行物の一つである。

(to be continued)

東浩紀編『チェルノブイリ・ダークツーリズム・ガイド』(2)
東浩紀編『チェルノブイリ・ダークツーリズム・ガイド』(3)
東浩紀編『チェルノブイリ・ダークツーリズム・ガイド』(4)
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