つぶやきコミューン

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庭田杏珠、渡邊英徳『AIとカラー化した写真でよみがえる戦前・戦中』

JUGEMテーマ:自分が読んだ本 文中敬称略

 

 

モノクロ−ムの写真には、独特の情緒がともなう。古い時代の写真は、ある種の懐かしさとともに、その向こうの家屋や衣服も古びたものであると想像しがちであるが、その写真を撮られた時代には、家屋や衣服の多くはやはり鮮やかな色の新品であったのである。

 

同じ光文社新書で刊行されたJ・ウォーリー・ヒギンズの『秘蔵写真で味わう60年前の東京・日本』は、早い時期に日本にカラーフイルムを持ち込み、鉄道網中心に日本中の風景を撮影した貴重な例である。その写真を見たとき、私たちが過去に対して抱きがちな認識のずれに気づくことになる。だが、それ以前の戦前・戦中の時代ともなると日本にカラーフイルムそのものが存在しない以上、モノクロ写真で満足するしかないのだろうか。

 

AIの技術が進むにつれ、しだいにモノクロ写真から、元のカラーを再現することができるようになってきた。とは言え、その色の再現率は高いとは言えない。特に人工の建物や店の装飾、乗り物、衣類や生活雑貨などは、資料を用いて、人の手で補正を加える必要がある。庭田杏珠、渡邊英徳『AIとカラー化した写真でよみがえる戦前・戦中』(光文社新書)は、このようなAIと資料を用いた人の手による補正のハイブリッドによって、過去の写真の色を再現しようとする試みである。渡邊はそれを「記憶の解凍」と呼んでいる。写真は、第二次世界大戦前の1920〜30年代から終戦直後の1945、6年にかけて撮影されたものであり、その数は350枚に及ぶ。

 

 当時の写真は、もっぱらモノクロです。カラーの写真に眼が慣れた私たちは、無機質で静止した「凍りついた」印象を、白黒の写真から受けます。このことが、戦争と私たちの距離を遠ざけ、自分ごとと考えるきっかけを奪っていないでしょうか?

 この「問い」から、カラー化の取り組みがはじまりました。私たちはいま、AI(人工知能)とヒトのコラボレーションによって写真をカラー化し、対話の場を生み出す「記憶の解凍」プロジェクトに取り組んでいます。

 カラー化によって、白黒の世界で「凍りついて」いた過去の時が「流れ」はじめ、遠いむかしの戦争が、いまの日常と地続きになります。そして、たとえば当時の世相・文化・生活のようすなど、写し込まれたできごとにまつわる、ゆたかな対話が生みだされます。(渡邊英徳「記憶の解凍」)

 

AIでは黄色と判断した花はシロツメクサであるように見えたので、白く補正したが、当時の関係者の証言を集めると、花はタンポポであることがわかった。つまり、最初のAIによる色が正しかったのである。先入観による決めつけは禁物で、色付けの奥の深さをうかがわせるエピソードである。

 

色付けがどこまで正確にできるかは、元の画像の状態と写真の写り、そして被写体の特性により、かなりのバラつきがある。

 

色付けがスムーズにできた場合には、最近撮った写真と見分けがつかないものや、美しい芸術写真のように見えるものもある。

 

そして、モノクロ写真よりも数段雄弁に多くのことを教えてくれる。街中には、現在よりもずっと多くの人があふれかえっていたこと。子供の姿も今よりもはるかに多くみられたこと。都市の人々は、現在に劣らずお洒落であり、出来のよい裁縫の衣類を着、子供でさえも上質なものを身に着けていたこと。そして、1940年代であっても、街中には鮮やかな色彩があふれていたことなどである。

 

もちろん、時代が進むにつれて、人々の服装から華美な装飾性は失われ、質素な衣類を身に着けるようになる。街中も国威発揚のスローガンなど軍事色が強くなるが、そんな時代でも空は青く、草木は緑で、海もまた青かったこと、スイカは同じように赤くみずみずしかったことを確認するとき、その時の流れが、私たちとは隔絶した別世界ではなく、地続きであることを実感するのである。

 

戦争が終局に近づくにつれ、日本の戦闘機による特攻の写真や、日本各都市の空襲の写真、上陸したアメリカ軍による写真も増え、戦争の壮絶さ、恐ろしさをあらためて思い知らされる。どれほど多くの日本の都市が、空襲により破壊され、どれほど多くの人が死んだのか。たたみかけるような赤い砲火と爆撃が画面に広がる写真の連続と、死者の数の前に呆然とするしかない。もう数ヶ月、いやもう数週間、終戦が早ければどれほど多くの人命が救われ、どれほど多くの都市が焼け野原にならず、昔の風情をとどめていただろうかと想像すると本当にいたたまれない思いになるのである。そして、死んでいったのは日本人だけでないことも改めて確認する。航空機や人間魚雷による特攻が成功した場合には何十男百数百という戦死者がアメリカ軍にも出たのである。日本側だけでなく、アメリカ側の写真とを合わせることで、よりフェアな戦争の見方を身につけることができるのも、本書の大きなメリットであろう。

 

この色付けの試み、「記憶の解凍」プロジェクトは、広島出身の庭田杏珠と、渡辺英徳が行っていたAIによるモノクロ写真の色付け技術との出会いから始まった。2017年当時、庭田はまだ一人の高校生であった。それから3年で一冊の本を完成させたその志の強さにも感動する。

 

AIによる自動色付けの技術は、まだ始まったばかりである。多くのモノクロ写真が、こうした技術の洗礼を受けることなく、日本中のいたるところ、家庭でも、埋もれたままになっている。1940年どころか、江戸時代末期の1860年代の写真に同じことを試みたら、いったいどのような色と私たちは遭遇することであろうか。

 

本書は、日本の近現代史に関する固定観念を払拭し、より鮮烈に歴史を体感させてくれる紙のタイムマシンなのである。

 

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