つぶやきコミューン

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ハロルド作石『7人のシェイクスピア NON SANZ DROICT』1〜12

JUGEMテーマ:自分が読んだ本 文中敬称略

 

 

シェイクスピアは一人ではなく、七人だった!?そんな大胆な解釈のもと、世界最高の劇作家シェイクスピアの青年時代から劇作家としての成功に至る道のりを描くのが、ハロルド作石の『7人のシェイクスピア NON SANZ DROICT』である(NON SANZ DROICTは、シェイクスピア家の紋章に刻まれた「権利なからざるべし」というフランス語の銘)。先行する『7人のシェイクスピア』(全6巻)では、ストラットフォード・アポン・エイヴォンに生まれ育ったウイリアム・シェイクスピアが、偽名を名乗りながら、親友のジョン・クームとともに故郷を出て、リヴァプールで商人として資金を稼いだのち、ロンドンへ上京するまでを描く。その途中で出会ったのが小太りな中年男のミルと、黒い髪黒い瞳の少女リーであった。

 

ワース・ヒューズ(ジョン・クーム)、そしてミルやリーとともにロンドンに居を構えたランス・カーター(ウイリアム・シェイクスピア)は、彼らの協力の元、劇の脚本を書き上げ、劇団に売り込みをかけるが、無名で学歴もないワースは、どこへ行ってもけんもほろろの扱いを受ける。リーによる詩句のみは称賛されるものの、古今東西の書物に精通していない、キラリと光る音楽の素養もない、聖書・神話やラテン語を理解する学識もないと弱点を突きつけられる。

 

そんなとき、出会ったのが父親のDVに苦しむ少年ケインとその母アンの二人であった。

 

利発なケインはワースの台本の真価を見極める慧眼を持ち、アンもやがて思わぬ才能を発揮することになる。

 

その当時、ロンドンの演劇界で大成功を収めていたのが、演劇界の大御所クリストファー・マーロウだった。だが、時代の寵児である彼にはもう一つ裏の顔があった。マーロウのヒット作『マルタ島のユダヤ人』を参考にしながら、目利きの書籍商トマス・ソープが見つけてきた資料本を元に書き上げたのが『ヴェニスの商人』であった。

 

実は、カトリックの有力な司祭でありながら、その正体を隠していたミルの口添えで、ロンドンを二分する劇場の一つ後援者であるストレンジ卿ファーディナン・ド・スタンリーの懇意を得て、何とかストレンジ卿一座に、ワースは自らの台本を売り込むことにことに成功する。宗教的な理由でスタンレーに『ヴェニスの商人』を差し止められたワースは、本名のウイリアム・シェイクスピアを名乗り、史劇『リチャード三世』で劇場デビューするのであった。

 

劇場主ジェームズ・バーベッジの息子で天才的演技力を持つリチャード・バーベッジ、俳優としては凡庸ながら舞台装置に精通したロビン・ウィリアムズらのはたらきによって、しだいに売れっ子になるシェイクスピア。やがて、クリストファー・マーロウを中心とした海軍大臣一座とも対立するようになり、エリザベス女王まで巻き込んだ演劇戦争にまで発展することになるのだった。

 

ロンドン上京当時すでに子持ちであったシェイクスピアの家族構成に関しては意図的な変更を加えているし、7人のシェイクスピアという設定自体も明らかなフィクションであるが、本来演劇は脚本家一人ではなく、多くの人の協力によって成り立つものだから、あながち荒唐無稽とも言えない。その設定におかげで、当時の様々な社会的・政治的事情がよりくっきりと浮き彫りとなってくるのである。

 

演劇は、時代や社会制度の強い制約のもとでのみ可能なものであり、純粋な芸術の概念は、当時の演劇界には望むべくもなかった。王侯貴族の活躍を描くことは、彼らと血縁のある後援者への媚を売ることであったし、宗教的なタブーに触れることは劇の上演どころか劇作家の地位や生命を危うくするものであった。そのスリリングな駆け引きこそが、むしろ『7人のシェイクスピア NON SANZ DROICT』の醍醐味なのである。

 

『ヴェニスの商人』や『マクベス』『オセロ』などは現代の日本人にも人気があるが、『リチャード三世』『ヘンリー4世』など、イギリス王家を扱った史劇はなじみが薄い。それらの作品の知られざる魅力や、書かれた事情が、これほどわかる物語も他に類を見ない。一方で、他のノンフィクションの活字本を参照する条件なら、『7人のシェイクスピア』は、最良のシェイクスピアガイドブックでもあるだろう。

 

10巻以降は、エリザベス女王の側近の一人であるジョウン・ブラントとシェイクスピアのロマンスが燃え上がり、ストーリーに一層の花を添える。身分違いの恋、発覚すれば、追放か死かとスリリングな恋の綱渡りは、やがて『ロメオとジュリエット』へとつながるのだろうか。

 

権謀術数が入り乱れる16世紀末のロンドン、世界最高峰の劇作家の光と影、劇場の表と裏を、史実とフィクションを絶妙なバランス感覚でとりまぜながら描いた『7人のシェイクスピア NON SANZ DROICT』は、ヤマザキマリ、とり・みきの『プリニウス』と並ぶ最強の歴史コミックである。

 

関連ページ:

ハロルド作石『RiN』1〜14 

 

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