つぶやきコミューン

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坂口恭平『自分の薬をつくる』

JUGEMテーマ:自分が読んだ本          文中敬称略  ver.1.01

 

 

坂口恭平『自分の薬をつくる』(晶文社)は、作家坂口恭平による悩み事相談のワークショップの活字化である。

 

人生に疲れ、死にたくなった人に対する相談の無料電話「いのっちの電話」を始め、これまで二万人もの相談に応じてきた坂口恭平。このワークショップは、その「いのっちの電話」と同じものを、公開の場で行おうとする試みだ。公開の場と言っても、相談者の顔が人前にさらされるわけではない。相談者の顔は坂口恭平からは見えるものの、客席からは、ホワイトボードで隠されている。その板一枚で、人前であることを気にせず相談できるものらしい。

 

 そして、ホワイトボードがとても効果的でした。不思議なものです。壁なんですけど、チンケな壁です。スカスカで誰でも聞けるわけです。聞いていることも相談者もわかっている。ところが、私も感じましたけど、舞台上のホワイトボードの診療室側は本当に密室のような感じでして、なんだか落ち着く空間でした。これは面白い現象です。p259

 

相談する内容は、自分の夢や趣味、会社の人間関係や仕事の内容、家族の問題など多岐にわたるが、いずれも自分でやりたくないことを無理やり続けようとしていることが共通している。この時、口に出されないでいる声に坂口恭平は注目する。

 

語られざる声、抑えられ、沈黙を強いられた声をまず引き出すこと。そして、それに対して、場を与えることが何よりも大事なのである。そのための日課を取り入れることを提案する。

 

私たちは、ふだんの生活において、インプットばかりし続けてきた。テレビを見、本を読み、インターネットで情報をひたすら取り込み続ける。アウトプットが足りない。食べ物も食べるばかりで、トイレに行かなければ体がおかしくなる。だから、声をアウトプットとして引き出すことが必要なのだ。

 

 外からの情報を取り込みすぎて、満腹になっている、酸素が過剰にある状態で、しかもアウトプットの方法がわからない。これはつまり死にたい、ではなく、このままいくと死んでしまうよ、という体からの警告なのではないでしょうか?死にたいんじゃないんです。対処しないと死んでしまうわけです。しかも、解決策はあまりに単純です。アウトプットをすればいいんです。p39

 

アウトプットの形は、ひとそれぞれに異なる。本人が絵であれ、小説であれ、音楽であれ、本人が一番やりたいと思ってきた形で、行うのがよい。建築、絵画、陶芸、小説、編み物、ギターづくり、作るもののバリエーションにおいて、誰にも負けない坂口恭平は、その豊かな経験と勘によって、本人の進むべき道、選ぶべきアウトプットの方法を、探り当ててしまうのである。

 

アウトプットとは、何らかの創造的行為であるが、それが必ずしも完遂される必要はない。妄想も文字化すれば企画書となる。単なる企画書、だが詳細な企画書を書くだけでもよいのだ。何かをやり遂げなければならないという気持ちは、新たなプレッシャー、心の重みになる場合もある。それを職業に変えたり、お金にしたりする必要もない。ただ、自分とは切り離された形にすることが重要なのだ。

 

 声を自分だと思うのは、たぶん誤解だと思うんですよね。だって、その声が聞こえるところにあなたはいないから。あなたはここにいますから。その声っていうのは、おそらくあなたが発しているというよりも、内側であり、外側であり、どこかから、どこかの外部から来てる可能性があるから、外部があるってことを実感してもらって。その外部をチェックしましょうか。

 で、これは自分の物語じゃないということも大事です。これは自分の物語にはしないでください。これは外部のもの。つまり、物語。p54

 

内に秘められた声に場と形を与えることで、心にのしかかる重みから解放することは、古来カタルシス(浄化作用)と呼ばれてきたものである。ギリシアの哲学者アリストテレスは、『詩学』の中で、悲劇は観客の心に恐怖と憐れみの感情を引き起こすことによっり精神の浄化(カタルシス)を達成するものであると述べた。

 

その言葉を転用して、精神分析の創始者ジークムント・フロイトは『ヒステリー研究』以降、カタルシスを精神分析療法の基本に置いた。フロイトは、放出されなかった情動は、閉じ込められ、病的な影響を与える。催眠や自由連想による想起など何らかの代償行為によって、横道にそれた情動が解放され、正常な道を経由して放出されるとき、治癒はなされるとしたのである。

 

坂口恭平は、フロイト的な図式主義に陥ることなく、自由な連想の中で、創造行為という別のかたちのカタルシスを発見するのである。それは、むしろ「魂の産婆術」と呼ばれたソクラテスの弁論術に似ているかもしれない。

 

けれども、創造的行為による声を実現するような日課を取り入れるだけですべてが解決するわけではない。

 

心が苦しいのは、心臓の問題でもある。だから休ませなければならない。横になることによって。心を心の面からのみ治療しようとするあまり、体の問題をないがしろにしてはいけないのである。休むことが大事である。これが次なる坂口恭平の著書のテーマとなることだろう。

 

ワークショップで、観客席からその場に立ち会った人は、多かれ少なかれ、同じように深刻な悩みをかかえ、中には「死にたい」と思っている人さえいるにもかかわらず、そうした悩みが消えてなくなったりすることを経験する。そして、本書の読者も同じような読後感を覚えるかもしれない。なぜなら、あれやこれができないという悩みの内容、不可能のアウトプットはほとんど共通しているから。これに対して、これができるかもしれないという可能性のアウトプットの形は、人それぞれで異なる。

 

 「これができない」という不可能についてのアウトプットはみんな同じで、「これができるかもしれない」というたとえかすかな可能性についてのアウトプットはみんな違います。

 理由は、もちろんこれは私の推測に過ぎないのですが、おそらく、インプットの違いです。

 私はこれこれができない、私はダメだ、という不可能についてのインプットはみんな同じなんです。しかし、私はこれができるかもしれないという可能性についての元になっているインプットはみんなそれぞれに違う。

 不可能についてのインプットが同じである理由はなんなのでしょうか。両親から言われた、友達に言われた、インターネットで調べて自分がダメだと思った、つまりこれはすべて他者の声を元にして作り上げているからかもしれません。その逆で可能性を感じることについては、常に自分が興味を持ったことから始まっていますから、もちろんこれは自らインプットしているわけです。

 しかも、、可能性については必ず経験から導き出しています。

 だから声が誰にも似ていないわけです。

 pp257-258

 

自分で薬をつくるとき、その元となるのもこの「声」である。そこには、その人を生かすその人だけの道がある。

 

死にたくなるほど深刻な悩みが今のところない人にとっても、『自分の薬をつくる』は、アウトプットを進める意味で、とても役に立つ本である。なぜなら、ほとんどの人がインプットの過剰の状態に陥っているから。

 

どうすればスムーズにアウトプットできるのか。質や準備にこだわらず、思いついた瞬間に行動に移してしまうことだ。

 

私が普段心がけている方法はこれです。適当なアウトプット。さっとやる。思いついた瞬間にそのままやる。改まらない。偉そうにしない。教科書通りにしない。ルールを無視する。ほっとく。適当に。真似したりして、さっと形にする。深刻に考えない。ただの娯楽としてやる。ひとに見せることを一切考えない。ただの楽しみとしてやる。p206

 

アウトプットがうまくゆかないときは何が原因か。はたして今のアウトプットは正しいものなのか。アウトプットへのこれまでの先入観を取り除き、他の形のアウトプットが可能ではないか考えてみることだ。うまく表現できないとき、実は、そこでは「別の現実」が生まれつつある。

 

 書きたくないからといって、本当に何も書きたくないわけではないんです。書こうとしているわけですから。つまり、「それは」書きたくない、でも「違うもの」を書きたい。そのことに気づくことが重要な気がします。p231

 

人それぞれに適したアウトプットの見つけ方、そしてアウトプットの具体的な進め方に関して、最良のアドバイスが本書には書かれている。坂口恭平は、自分自身を実験台とした、才能の新規開拓の達人である。

 

『自分の薬をつくる』の続編は、読者一人一人のアウトプット、創造的行為のうちにある。それはそのまま、自分自身の薬を作ることでもある。

 

完成品や、商品をめざさず、声を、妄想を素材に企画書を作り、そのディテールを心ゆくまで想像せよ。自分自身の地図作成によって、内なる大陸を発見せよ。そのようにして、坂口恭平の最高傑作『現実宿り』も書かれたのだ。

 

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