つぶやきコミューン

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野崎まど『2』

JUGEMテーマ:自分が読んだ本   文中敬称略

 

 

野崎まど『2』(メディアワークス文庫)は、最高に野崎まど的な傑作小説である。

 

野崎まどの作品は、ほとんどが一見普通の青春小説のように見える。小学生から大学生までのキャラクターを主人公に、恋や友情や部活動、アートなどの成功に至る道が描かれ、読者のその流れで読み進めてしまう。前半だけでとどまる場合もあるが、中盤まで続くこともある。だが、後半にさしかかったあたりで、真実の一端が明らかになると、世界があらぬ方へと地滑りを起こしてしまうのである。結果として、その小説はAIが登場するSFであったり、妖怪や不死の人、天使や魔法使いが登場するファンタジーであったり、凄惨な事件の真相を明らかにするミステリーであったりする。だから、野崎まどのある小説が、どのジャンルに属するかを語ることは、最大のネタバレになってしまうのである。

 

野崎まどの物語の多くは、東京の井の頭沿線(『[映] アムリタ』『死なない女生徒殺人事件』『小説家の作り方』『パーフェクトフレンド』)か、もしくは京都市内(『know』『ハロー・ワールド』)のローカルな舞台設定に基づいたストーリーである。ときに、非現実的な展開を見せる物語を身近に感じさせる舞台装置として、このローカリティは用いられているのである。学校名は架空であったり、実在のイメージを一字違えたりして利用するものの、吉祥寺や井の頭公園、荻窪、渋谷などの地名はそのまま登場する。そして、アニメーション化された場合には、登場するローカルな地名は聖地巡礼スポットにもなりうるのである。

 

けれども、野崎まどの世界の魅力は、それだけではない。フィクションという枠組みを通して、たとえば、友人とは何か、友情とは何か、面白い小説とは何かといった根源的な問いを、つきつめ、雄弁に語る哲学小説でもある。その答えが普遍的なものであるかどうかは定かでないが、誰もが経験しないような極限的な状況の設定によって、しだいにその言葉の本質が見えてきて、読者もその問題について考えさせられ、たしかに大切な何かが明らかになるのである。

 

さらに、野崎まどの世界の魅力はキャラクターにもあり、西尾維新の諸作品同様、その人物の特性もしくは作品の世界観を表すものとして、登場人物の多くにはあまりありそうもない名前が与えられる。そして読み方が難しい名前ほど、作品世界に結びついた謎めいた雰囲気を身にまとっている。

 

『[映] アムリタ』(2009)の主人公は、二見遭一、そしてヒロインの映画監督の名前は最原最早(さいはらもはや)、そしてもう一人の女性は画素はこびである。

 

『舞面真面とお面の女』(2010)の主人公は、舞面真面(まいつらまとも)で、再会する従姉妹の名前も舞面水面(まいつらみなも)。そしてヒロインとなる女性の名前はみさきであった。

 

『死なない女生徒殺人事件』(2010)に登場する主人公の教師は伊藤であり、女生徒は、識別組子(しきべつくみこ)である。

 

『小説家の作り方』(2011)に登場する小説家の名前は 物実(ものみ)。編集者の名前は付白誌作子(つけしろしさこ)。ヒロインとなる女性の名前は紫依代(むらさきよりしろ)であり、とりつぎとなるハッカーの女性の名前は在原露(ありはらあらわ)である。

 

『パーフェクトフレンド』(2011)の主人公は、理桜(りざくら)。そして彼女が近づこうとする女生徒の名前はさなかであった。
 

これらの人名は、部分的なままにとどまったり、時にフルネームが明らかにされたりするが、そのプロセス自体がストーリーに属しているので詳述しない。野崎まどにおいて、名前はとりあえず与えられているが、それがいつまでもそのままであるとは限らない。途中でフルネームが明らかになったり、別の名前が現れたりもする。そして名前の真実が明らかにされるときは、謎の一つも同時に解消されるということなのである。

 

さて『2』という物語のタイトルだが、その本当の意味は、ストーリーの後半で明らかにされるので、ここで語ることはできない。

 

『2』は、演劇青年数多一人(あまたかずひと)を主人公とした物語のように見える。日本一の劇団『パンドラ』の二次選考まで何とか勝ち残り、見習い的に入団が許される。ハードなトレーニング、熾烈な生き残り競争。すべては、あたかも山下澄人の芥川賞受賞作『しんせかい』で描かれた演劇青年たちの青春物語であるかのように進む。だが、そこに一人の女性が加わることで、この新世界は崩壊してしまう。そして、女性は彼にいっしょに映画をつくりませんか、と誘いをかけたのである。どこかで聞いたような物語、この既視感は『[映] アムリタ』から来ている。では『2』は、『[映] アムリタ』の続編なのだろうか。

 

だが、2012年に出版された『2』は『アムリタ』に続く5つの作品を踏まえた地続きの世界の物語、5つの物語の続編である。つまり、必ずしも主人公というわけではないが、5つの物語の登場人物たちが登場し、同時に彼らのそれからが明らかにされるのである。

 

舞台となるのは、例によって井の頭線と中央線が交差する吉祥寺周辺。数多一人が主演する映画制作のプロセスにおいて、それまでそれぞれの物語の中で活躍し続けてきたヒーロー、ヒロインたちが一堂に会し、新たな物語の中で、それぞれの個性を発揮しながら、それぞれの役割を演じてゆく。

 

そう、『2』こそは、野崎まどワールドの集大成の物語、いわば「アベンジャーズ」なのである。

 Kindle版

 

関連ページ:

野崎まど『HELLO WORLD』

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