つぶやきコミューン

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松井優征『暗殺教室 5』
JUGEMテーマ:自分が読んだ本 文中敬称略


『進撃の巨人』と『暗殺教室』

今の時代の無意識を敏感にキャッチし、表現へと消化した作品の一つは諫山創『進撃の巨人』であり、もう一つが松井優征『暗殺教室』である。

『進撃の巨人』は、架空の時空の中、現代の若者の置かれた状況を象徴的に描いている。グローバリゼーションの中、狭いが遊惰安逸を保証された社会が次第に崩壊する中、自由に憧れノマド化する若者の立場を無意識のうちに表出しているのである。しかし、グローバリゼーションの波は巨人に変身する内部の人間の裏切りという形で、城壁の中に入り込んでしまう。救いは、自ら巨人に変身して(たとえばIT企業を起こして)、グローバルに戦うというハードルの高い選択肢しかなくなってしまうのである。

『暗殺教室』の場合も、最初は、周囲全てが敵、四面楚歌の状態である。

タコのような丸い顔と触手を持った教師である殺せんせー(殺すことができない先生ということでこう呼ばれる)は、彼の暗殺を国家から課せられた生徒たち、プロフェショナルな殺しの技術を身につけた同僚の教師たち、そしてそれを背後から高圧的な視線で操ろうとする学園理事長すべてを敵に回しながら、マッハ20の速度という並外れた身体能力で攻撃をかわし続けるのである。

しかし、ただ単に追っ手を退け、交わすだけならこれほどの人気を得ることはなかったであろう。殺せんせーは、生徒たちに自らをターゲットして差し出しながら、生徒の意欲を引き出し、学力や体力を伸ばし、一癖も二癖もあるクラスをまとめあげ、楽しい学びの場に変えてゆく。いわば、教師の理想像を、極限の逆境の中で実現してしまうのである。

『暗殺教室』は、きわどい設定でありながら、社会の大きな反発をかわすための工夫が二重三重にほどこされている。1)殺せんせーは月をまっぷたつにし、地球を滅ぼす危機をもたらす 2)殺せんせーは人間の姿をしていない異生物である 3)圧倒的な速度と能力によって、通常の攻撃手段を寄せつけないといったものである。生徒や教師は、モンスター化しても、モンスター化した保護者が描かれることがないのも、こうした工夫の一つであろう。

殺せんせーの教える3年E組は、エリート学校である椚ヶ丘中学の中で、最下層に位置し、他のクラスからは差別の対象となっている。いわば、アウトカースト的な存在である。それをエリートクラスのA組や野球部と戦わせて、互角の勝負にまで持ってゆくというスポーツ根性物の要素もある。

そして、殺せんせーは、人間離れした身体能力を持ってはいるが、バキシリーズにおける範馬勇次郎のように高慢な自信家ではない。安い給料を気にし、内心おどおどしながら、日々クラスで教壇に立ち、巨乳に弱いといった人間的な弱点もある。姿も、能力も、人間離れしているが、性格は人間そのものであり、生徒に親しまれ、心をつかむ存在である。何よりも、彼は生徒一人一人のことを考えている。分身の術を使い、生徒一人一人の個別メニューに沿って学習させ、圧倒的な処理速度で、採点も消化してしまう。

これほどまでのハイスペックがなければ、今日の教育環境において、理想の教師であることは難しい、そうした暗黙のメッセージが作品全体を貫いている。生徒が教師に求め、教師が自らに求めるような不可能な教師の夢を、体現したのが殺せんせーなのである。

5巻のあらまし
『暗殺教室 5』では、まさに殺せんせー率いる3年E組が野球部に勝負を挑む(4巻からの続き)。思わぬE組の前線に剛を煮やした浅野理事長は、みずから野球部の采配をとる。
 
ここでE組(かれら)を勝たせてはいけない
彼等の目には少しずつ自信が漲りつつある
全てあの怪物の引いた糸だろうが…
それでは良くない
「やればできる」と思わせてはいけない
常に下を向いて生きていてもらわねば
秀でるべきでない者達が秀でると
私の教育理念が乱れるのでね

見事な悪役ぶりである。モンスター化する生徒、ブラック化する学校の職場環境、そして学内カーストという格差社会の三位一体が『暗殺教室』の舞台なのである。

E組のバント作戦に対抗して野球部も同じ作戦で立ち向かうが、そこでE組がとった作戦は超前進守備だった。さて、勝負の行方は…

次のエピソードでは、眠っているイェラビッチ先生に、生徒と殺センセーがペイントしようとするというライトな展開。

そして、後半は新任の鷹岡先生が、生徒がなじみかけた烏間先生に代わって、体育教師となる。いきなり、生徒に食べ物やドリンクを差し入れ、家族主義的に振舞う鷹岡先生だったが、防衛省の周囲も危惧する危険な裏の顔があった。

やがて、エスカレートする指導を見かねた烏間先生は、彼に勝負を挑む。それは…

関連リンク:松井優征『暗殺教室 6』

PS ちなみに、『暗殺教室』松井優征は、ユーモア系、リアル系、美少女系、どのようなキャラを描いても、破綻なく、個性的に描き分けることができる絵の名人なので、どれが誰だか登場人物が途中でわからなくなる『進撃の巨人』と異なり、安心して読むことができます。
 

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