つぶやきコミューン

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J・ウォーリー・ヒギンズ『続 秘蔵カラー写真で味わう 60年前の東京・日本』

JUGEMテーマ:自分が読んだ本   文中敬称略

 

 

J・ウォーリー・ヒギンズ『続 秘蔵カラー写真で味わう 60年前の東京・日本』(光文社新書)は、2018年10月に出版された秘蔵カラー写真で味わう 60年前の東京・日本』の第2集。前回が454ページ、382枚の写真であるのに対し、今回は510ページ544枚とさらにパワーアップし、新書とも思えないずっしりと重い本となっている。

 

前著が、はっきりと著者が意図して撮った写真中心であったとしたら、本書はある意味意図することなく撮れてしまった写真、たとえば電車だけを撮ろうとしたのに、その手前に自動車やオートバイが映ってしまった写真などを含んだ構成となっている。

 

 このバイクも土壇場で結構なスピードでフレームに割り込んできた。けれどもそういうアクシデントが、今回のように後で全然別のことに使おうとした時に写真の価値を上げたりするんだ。p358

 

著者は、日本の風景が珍しくて、昭和30年代の日本を撮りまくったわけではない。あくまでアメリカでも失われつつあるような日本の軽便鉄道を中心に、日本中の鉄道写真を撮り歩くことが目的だったのだ。その結果、北は北海道から南は沖縄まで、おおよそ通常の観光客なら訪れることもない山奥まで、鉄道のある場所ならどこでも出かけ、奇跡のような写真集が生まれることとなったのである。

 

編集者も、全都道府県の網羅をめざし、過去のストックの整理に励んだが、残念ながら唯一佐賀県の写真だけが揃わなかったという。佐賀に出かけなかったわけではない。なのに写真を撮らなかったのはなぜなのか。

 

 佐賀に行かなかったわけではない。それどころか、佐賀、中でも鳥栖は、蒸気機関車が見られるという期待もあり、ぜひ行きたい場所のリストの上位にあった。ところが、通常九州に行くのは、仕事のためだったので、滞在は博多のことが多く、なかなか佐賀まで足を延ばす時間がない。

 そして、念願の鳥栖までは回れなかったものの、松浦線に乗って、佐賀まで出かけたときには、せっかく行けたのに写真が撮れなかった。なぜ撮れなかったか? 天気が悪かったからだ。雨がひどければ写真は撮らない。そうしていたのだ。p438

 

鉄道ファンとしての著者の写真に対するこだわりは徹底したものだ。

‥監擦砲靴興味がなく、車やオートバイなどは邪魔者でしかない。

鉄道写真家ではあっても鉄道建築写真家ではないので、駅舎の向こう側にしか興味がなく、駅そのものを撮ることはめったにない。

自然光での写真を原則とするため、日中の天気のよい時間帯に撮影する。暗い時間帯や、暗い場所を高感度のフイルムで撮影することもない。フラッシュもたかない。

 

それでもそこに列車が走れば思わずシャッターを切るし、背後に駅やさまざまな建物が写りこみ、車やオートバイ・人物も写真の中に入る。時代の経過とともに、それらの邪魔者が、大きな価値を帯びてくる。貴重な歴史的資料となるのである。

 

数百枚のカラー写真を見れば、どこかしら見覚えのある場所の写真がある。けれども、写る人の服装や髪形、列車や、自動車、建物が違う。その一枚だけで、数十年の歳月の間に何があったかが、肌で伝わってくる。その時代も、懸命に生きていた人々の姿、私たちの父母や祖父母、親戚、ときには幼い私たち自身までもが生きた時代の息吹きが、モノクロ写真のレトロな感覚とは異なり、現在に陸続きの時間として伝わってくるのである。

 

完成したばかりの東京タワーの前を走る緑と黄色の都電(pp36-37)、渋谷の東急文化会館脇の高架橋を走るオレンジ色の地下鉄銀座線(pp44-45)、有楽町の高架脇には日劇が(pp52-53)、上野公園の脇にも複線の線路があり都電が走っていた(pp68-69)。背後に国会議事堂が見える半蔵門の堀端でも、都電とバスがすれ違う(pp80-81)。御茶ノ水の聖橋下のトンネルをくぐり抜けて、医科歯科大脇を走る都電(p85)。東京の津々浦々を網羅するような鉄道写真の次には、北は北海道から南は沖縄までをカバーする地方の鉄道の写真が続く。中には、秋田県の小坂鉄道(p146、p154、p190)、群馬県の草軽鉄道(p152)、岩手県の松尾鉱業鉄道(p193)など、地元の人さえも忘れてしまったような鉄道の数々が記録されている。今はもう建て替えられ、すっかり雰囲気が変わってしまった大阪駅(pp174-175)、金沢駅(p176)、博多駅(p177)、長崎駅(p177)などの写真もある。水の上に作られた新築当時の関内駅や、橋のかかっていない鳴門海峡の写真も今となっては貴重だ(pp402-403)。長崎市内を走る花電車の姿もある(p428)。

 

知っているつもりの場所の、違った写真、その膨大なイメージが頭の中で渦を巻き、圧倒される。そして、時代のイメージ、場所のイメージが更新されてゆく。その破壊力は、歴史修正主義が描いてみせる偽のイメージをも、ことごとく破壊する。やはり昭和30-40年代の道路の多くは舗装されず埃ぽく、町のあちこちで、黒や白、ピンクの煙が上がっていたが、街中にあふれる人の数は東京でも地方でも圧倒的に多かった。

 

今は、跡形もなく消えてしまった遊園地の画像も貴重だ。宝塚ファミリーランドでは、グリコの広告のある塔に支えられて、ロープウェーが空を行き来し(p482)、向ヶ丘遊園では、斜面を滑り降りたウォーターシューターが、水しぶきを上げて池に滑り込む(p486)。

 

とりわけ印象的な一枚の写真は、満開の桜の下、四日市の川辺を走る電車の写真である(pp318-319)。水面に映る小さな橋、背後に見える黄色い菜の花、古い瓦屋根の木造住宅。うす曇りの春の空の下、走り抜ける緑とクリーム色の電車はくっきり鮮やかなのに、風に揺れる桜はその輪郭がぼやけている。電車と共に通り過ぎる季節。諸行無常を思わせる素晴らしい一枚だ。

 

この小さな路線は四日市から川沿いに少し上がるとても短い路線だった。1974年の集中豪雨で被害を受けた伊勢八王子までの区間が再建されることはなかった。ほんの一部は現在も運行されているが、往時の桜はもう見られない。p319

 

『続 秘蔵カラー写真で味わう 60年前の東京・日本』が、私たちに提供してくれるのは、まさに場所と時間との終わりなき対話である。ページをめくり、その隅々にまで目をこらすだけで、私たちが意識の外へ追いやったものの数々が、雄弁に語りかけてくる。そして、時間の重みを、その意味を、じっくりとかみしめるように味わうことのできるのである。

 

関連ページ:

J・ウォーリー・ヒギンズ『秘蔵カラー写真で味わう 60年前の東京・日本』 

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