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米澤穂信『本と鍵の季節』

JUGEMテーマ:自分が読んだ本  文中敬称略

 

 

米澤穂信『本と鍵の季節』(集英社)は、堀川次郎松倉詩門という二人の高校の図書委員を主人公とした連作ミステリ。「913」「ロックオンロッカー」「金曜に彼は何をしたのか」「ない本」「昔話を聞かせておくれよ」「友よ知るなかれ」の6編からなっている。

 

二人の高校生を主人公とし、第一作の「913」も図書室から始まっていることより、『氷菓』に始まる「古典部」シリーズを思い浮かべる読者も少なくないであろう。ある意味、入り口の雰囲気は似ていなくもないが、まるで読後感の異なる作品である。何が異なるかと言えば、謎解きが学校や地域の人間関係の中で完結して、青春ものとして消化されていた古典部シリーズに対して、『本と鍵の季節』では、たとえ物語の端緒が学校や家庭にあろうと、学校や地縁の外部へと、つまり警察権力と法の支配する大人の社会へと通じてしまうということなのである。古典部シリーズが『スラムダンク』であるとすれば、『本と鍵の季節』は、『リアル』だ。つまり、本当に深刻なこと、ヤバいことが起こってしまうのであり、本書の読後感のほろ苦さもそこから生じる。

 

「913」は、元図書委員の先輩である浦上麻理の依頼により、浦上家の金庫を開けることになる。鍵の番号がどうしてもわからないというのである。に対して、次郎はそれなりの好意を抱いており、断ることができなかった。彼らは残された手がかりから金庫の鍵を開けることができるだろうか。

 

「おじいちゃんが死んだんだよね」

「そうだったんですか」

「あ、結構前のことだから、そんな気の毒そうな顔をしないで。でね、いいおじいちゃんだったんだけど変なところで凝り性で、いまちょっと困ってるの。恥ずかしい話なんだけど……」

 恥ずかしいと言いながら、先輩は少し嬉しそうだ。

「金庫に鍵かけたまま死んだのよ」

「金庫?」

「そう。こんなやつ」

p17

 

学園物ラブコメと変わることのない文体。そこが曲者である。

 

「ロックオンロッカー」は、友人を紹介すると割引になる美容院を、二人で利用した時のエピソードである。暇そうにしていた美容院の、訪問時の対応に感じた違和感は一体何だったのだろうか。

 

「金曜に彼は何をしたのか」は、1年の図書委員上田登の依頼で、その兄のカンニングの疑いを晴らそうとする。実は、冒頭から大きなヒントが与えられているのだが、はたしてそれに読者は気づくであろうか。

 

「ない本」は、3年生の長谷川からの図書館の本探しの依頼である。彼の友人の一人が最近自殺を遂げ、直前に彼が読んでいた本を知りたいというのである。本の外観やサイズ、本人の読書傾向などからその本にたどりつくことは可能だろうか。図書委員の知恵と推理力が試される。

 

「昔話を聞かせてくれよ」は、次郎と詩門は、ゲーム感覚で、昔話、それぞれの語られざる秘密を語ろうとする。だが、それは詩門の家庭の重大な秘密に触れ、そのまま詩門の父親の遺産探しである「友よ、語るなかれ」へと続いてゆく。一体、いかなる暗い秘密に次郎は気づいてしまったのか。

 

探偵は秘密を解き明かすことを使命とする。だが、本来秘密とは人が知られたくない物事である。たとえば、百円玉をネコババした者の名を暴くこと。そのとき、パンドラの箱が開かれる。他愛もない小さな秘密であればよいが、時に法を犯し、人を傷つけたものも含まれる場合がある。かくして、アマチュア名探偵は決断を余儀なくされる。親しい人間やその家族の秘密を知らなかったことにするのか、真実を世に明らかにするのか。

 

『本と鍵の季節』は、高校生のありふれた日常の断片と緻密なロジックで組み立てられたミステリだ。たとえば本の分類番号や登場人物の名前からなる暗号。きちりきちりと寄木細工を組み立ててゆくと、見事な姿を持った造形物ができあがってくる。そんな驚きに満ちた傑作集なのである。

 

関連ページ:

米澤穂信『いまさら翼といわれても』
米澤穂信『真実の10メートル手前』
米澤穂信『満願』

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