つぶやきコミューン

立場なきラディカリズム、ツイッターと書物とアートと音楽とリアルをつなぐ幻想の共同体
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松田奈緒子『重版出来! 1』
JUGEMテーマ:自分が読んだ本 文中敬称略

ただ 文字が 並んでいるだけなのに

なぜ俺は泣くのだろう。

なぜ心に沁みるのだろう。


(『重版出来! 1』p95)


泣けるコミックって結構あるんですけど、実は何段階かあるんですよね。

心にぐっとくるけど、涙までは流さない漫画。

涙腺が湿るけど、何とか決壊せずに持ちこたえる漫画。

そして涙腺が崩壊して、涙が流れ、あまつさえ読み返してもう一度泣きたいと思う漫画。

出版業界の内幕を描いた松田奈緒子『重版出来!』(じゅうはんしゅったい)は、この最後のグループに属する漫画です。

なぜ泣けるのか、その理由は場面の要所要所を締める言葉に、本と人生の関係が凝縮されているからです。

冒頭に掲げた言葉以外にも、たとえばこんな台詞。

雑誌が失(な)くなるってことは
多くの人の人生が変わるってことだ。

p123

本との出会いのドラマ、本が売れたり売れなかったりすることによって変わってしまう作家や漫画家、編集者の運命、喜怒哀楽。

そういうツボをしっかりとらえているからではないでしょうか?

でも、漫画は小説ではありませんから、言葉に頼りすぎるのもよくないですね。

たとえばp166の言葉に頼らないで、絵だけで感動させる場面のつくりも見事です。

さて、物語は一人の大学生黒沢心が、出版社の面接を受けるところから始まります。

柔道でオリンピックを目指していたという彼女ですが、20社受けて全敗。

そうして臨んだある出版社の最終面接。

そこでの台詞もなかなかです。これなどは、就活中の大学生も使えるチップスかもしれません。

面接は柔道と同じだ。

最初のうちこそワケもわからず必死で、
まわりが見えないが…

慣れてくると見えてくる、
相手の心の動き 
息づかい。

技は、
相手が息を吐くと
同時に仕掛ける!!
p24


しかし、その面接会場で彼女は暴漢に扮した社長を投げ飛ばしてしまうのです。

晴れて出版社に就職が決まり、「週刊バイブス」に配属された心は、持ち前の前向きな精神と根性と体力、そして運の強さで何とか試練を乗り越えながら、先輩編集者に連れられ、作家のもとを回ったり、書店を回ったりします。

そこでの関心事も、出版部数をどうするか、いくら売れるか、その勝負がすべてなのです。

一冊でも多く世に出したい編集部と、無駄な赤字を出したくない営業部の闘いである部決(部数決定会議)のシーンにそれは凝縮されています。

ここで作家の運命の半分は決まるわけです。

そして、店頭に置いて展開してもらうための出版社の涙ぐましい努力、工夫の数々。

ふだんはこちら側から見ていた本の出版と販売の現場を向こうから見ることで、それまで何となく見逃していた風景が立体的に浮かび上がる面白さもあります。

本を書く作家、漫画家、編集者、出版の営業担当、書店員…

『重版出来!』は、本に携わるすべての業種の人、そして本を愛するすべての人にお勧めのコミックです。

PS 【「重版出来!」制作の裏側に迫る、ダ・ヴィンチの特集で−コミックナタリー】
http://natalie.mu/comic/news/94407



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