JUGEMテーマ:自分が読んだ本 文中敬称略
カポエイラ(カポエラ)ーーーかつて『空手バカ一代』で大山倍達が対決し、『デスノート』のLもまたその使い手とされたブラジルに伝わる伝説の格闘技。だが、あくまで一つのエピソード的な扱いにすぎなかった。『嘘喰い』の迫稔雄の新作『バトゥーキ』(2019年1月に1、2巻が同時刊行)は、そのカポエイラの世界を正面から扱ったコミック、一人の少女のカポエイラとの運命的出会いを描く青春格闘技巨編である。
三條一里は、中学生。生まれてまもないころの満月と遺棄された時間をおぼろな記憶を抱える少女だった。父親の仕事のため、引っ越しが相次ぎ、習い事も部活もまともにやれせてもらえなかった一里が得意としたのはスケートボード、一人で公園でスケボー遊びばかりやる毎日だった。
そんな彼女が、公園で出会ったのがポルトガル語を操る外国人のホームレス風の男だった。
ある日、コンビニで、ナイフを持った強盗を、その男が地面に手をつける不思議な蹴り技で倒すのを、間近に目撃した一里は、友人の佐伯栄子と、その兄佐伯悠人とともに、男から謎の格闘技を習い始める。
これは本当の私との出会いの旅
その始まりであった
男が取り出した弓と思われたものは、実は楽器だった。
楽器が奏でる不思議な音楽、それとともに始まる歌。
「それは何」と、一里が尋ねたとき、男の口から語られたのは、Batuque(バトゥーキ)という言葉だった。
おじさんがやっているのは何?
バトゥーキって何?
歌?音楽?格闘技?
おじさんは何なの?
「自由」とだけ男は答えた。
助手をつとめる小学生の少年双刃純悟の案内で、倒れるような不安定な姿勢で動き回ったり、相手に向かい勢いよく踏み込むパオの動きに興じる一里たち、やがてその動きがブラジルに伝わる伝説の格闘技カポエイラであり、男がカポエイラの達人(メストレ)であることを知る。
だが、コンビニ強盗の動画がネット上で拡散したことで、運命の歯車が狂い始めていた。
一里の出生の秘密、父親と母親の正体や、その背後にある組織までもが明らかにされ、その歯車の中に一里は巻き込まれてゆく。
『嘘喰い』の迫稔雄は、細密画を思わせる緻密なタッチで、ときにくねくねと身体をのけぞらせ、ときに地面に手をつき這いつくばっては、変幻自在の蹴り技を繰り出すカポエイラの動きを見事に表現している。
そして、喜怒哀楽がダイレクトに現れる一里の表情や、父親やメストレの背後に見え隠れする深くダークな世界に、ドラマチックな表現を与えている。
一体、一里の行く先に何が待ち受けているのか?
言葉では表現しがたいエスニックな格闘技と音楽の世界へと読者を導く『バトゥーキ』は、期待度120%の傑作コミックである。