つぶやきコミューン

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小玉ユキ 『坂道のアポロン』1〜10

JUGEMテーマ:自分が読んだ本  文中敬称略

 

 

小玉ユキ『坂道のアポロン』は、学生運動華やかなりし1960年代の長崎県佐世保市(そして東京)を舞台にした青春群像劇のコミックである。


高校の同級生である西見薫川渕千太郎迎律子三人をメインに、千太郎が窮地を救った他校生深堀百合香、千太郎が「淳兄」と慕う大学生の桂木淳一がからみ、思春期の複雑な人間模様を繰り広げる。物語のバックボーンを支え、登場人物を結びつける重要な役割を果たすのが、ジャズ音楽の世界であり、『坂道のアポロン』はその意味で音楽コミックの性格も持っている。 

 

日本人とアメリカ人のハーフで、背が高く、髪の色も違う千太郎は、周囲からは不良扱いで敬遠されていたが、秀才タイプの薫とは無二の親友だった。薫はクラスメートの律子に心を寄せていたが、その律子は幼なじみの千太郎がずっと好きだった。クラシックピアノを習い、かなりの腕前であった薫は、千太郎に誘われ、ジャズの世界へとひきこまれる。ジャズ千太郎のジャズ仲間に淳一やレコード店を経営しながら自らウッドベースもたしなむ律子の父迎勉もいた。

 

三人で出かけたとき千太郎が不良にからまれたところを救った百合香に千太郎は一目ぼれし、彼女の絵のモデルを演じたりしながら、なんとか交際にこぎつける。しかし、百合香の心はいつしか淳一へと移ってゆくのだった。その淳一はというと学生運動の中に身を投じ、千太郎や薫とも距離を置くようになる。

 

薫も、千太郎も、律子もみな片想いの中で、友情は続いてゆくが、ときに感情のボタンの掛け違いで、口もきかなくなったり、ジャズのセッションも途切れたりする。しかし、何度か和解する中でしだいにそれぞれの心にも変化が生じてゆく。

 

やがて高校卒業が近づき、人生の岐路にさしかかる。それは、三人の別れを意味していた。あれほど夢中になった音楽の世界も終止符を打ってしまうのだろうか。

 

バラバラになってしまう薫、千太郎、律子、そして百合香、淳一の未来はいったいどこにあるのか?

 

複雑な家庭環境ゆえに心の中に大きなトラウマをかかえ、皆の前から姿を消した千太郎の行方は?

 

物語は、想定外の方向へと進み、やがて第9巻でハッピーエンドへとさしかかるが、そこに至る回り道の長いこと。

 

それぞれに好きな相手がずれ、報われない思いを抱えながらも、友情を育み、近づいては離れを繰り返す、青春時代の不安定な世界を小玉ユキは見事に描ききっている。とりわけいったん振った相手を好きになってしまい、バツの悪い思いをする律子の微妙な感情のゆれがたまらない。

 

10巻は、それぞれの人物の知られざる過去と、近況にスポットライトを当て、物語の世界に奥行きを与えるボーナストラック集だが、この手の企画にありがちなトリビアなエピソードの寄せ集めにならず一層読者を作品世界へと引き込むハートウォーミングなエピソードが並んでいる。

 

『坂道のアポロン』は、誰もが身に覚えのある青春時代の煮え切らず悶々として思いを見事に描き切った青春群像劇の傑作である。

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