つぶやきコミューン

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岩井俊二『少年たちは花火を横から見たかった』

JUGEMテーマ:自分が読んだ本  文中敬称略

 

 

岩井俊二『少年たちは花火を横から見たかった』(角川文庫)は、岩井自身の監督作品である『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』(1993年テレビ放映、1995年再編集した映画版を公開)の24年ぶりのノベライズである。

 

もちろん、この時期のノベライズは、8月18日に公開予定の新保昭仁総監督、大根仁脚本によるアニメ映画『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』にシンクロしたものである。

 

映画同様、この小説も小学六年生という子どもから大人へと変わろうとしている思春期の移ろいやすい少年少女の心情を、内から鮮やかに描き出した秀作で、映画やアニメの予備知識がなくても十分に楽しめる作品に仕上がっている。

 

学校が夏休みに入るころ、典道はプラネタリウムで、同じクラスのなずなと顔を合わせる。そのナレーションで使われていたのが、宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』だったが、一節を聞いただけで彼女はその作品名を言い当てたのだった。典道は図書館でその本を借りてしまう。4月に転向してきて以来クラスでも目立った存在であったなずなを一層強く意識するような出来事が続いて起こる。典道の母親がなずなを彼女の母親から預かり、一夜を同じ部屋で過ごすことになったのだ。それも、二段ベッドの上下で。典道は眠れない夜を過ごすことになる。

 

しかし、友人たちの前ではそんなことはおくびにも出さず、それゆえ友人の祐介のなずなへの告白を手伝う約束さえするなど、ボタンの掛け違いが続く。典道は知っていた。母親の離婚で、なずなは間もなく転校してしまうことを。それを友人たちには言えないまま、花火大会の夜を迎える。

 

小学生がかけおちするというアイデアは岩井が漫画家になろうとした学生時代から抱いていたものだが、テレビで『if もしも』というシリーズでようやく日の目を見ることになった。本来はAとBという異なるエピローグの両方を提示するパラレルワールドものの企画だったのだが、それを花火を下から見る者と横から見る者の群像劇とすることで、本来の企画とは異なるかたちの作品としようとする原案が『少年たちは花火を横から見たかった』である。けれども、シリーズものの企画だけにこの形では放映できず、プロデューサーの石原隆からは二時間もののドラマとして一年後に作り直してはとも提案されたが、元の企画に沿うものに直した。これが、のちに『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』として映画化された作品の成立事情である。

 

(…)結果もし『ifもしも』をパスしてしまっては僕の中では負けなのであった。そして自分がより美味しい仕事を選ぶようになったら、それはもう倫理の崩壊である。作品とは子供のようなものであり、誕生する時と場所を選ばない。僕が作れば生まれてくる作品も、パスすれば影も形もないのである。p150

 

岩井俊二は仙台市で生まれ育ったはずなのに、九十九里浜の外れの街(千葉県旭市)を舞台とした少年たちの動きが鮮やかに、克明に描写されつくしている。その圧倒的なリアリティは、映画の中のあのころまだ十代だった奥菜恵をはじめとする俳優たちの姿や演技、その一挙手一投足が、岩井の心の中に、まるで自分自身の少年時代のように焼きついてるからであろう。巻末の「短い小説のためのあとがき」にも次のような一文がある。

 

撮影のあいだは今までにない空気が自分のまわりをとりまいていた。子供たち。彼等のリアルな部分と自分の中の物語の部分が微妙に混じりあって、自分までが思春期の中にあるような錯覚に酔った。

 そして三十を過ぎた自分自身にはっとするのだ。

 人間は歳をとる。しかたのないことだが、つまらない運命だ。

 頭でっかちで尻切れとんぼな物語だ。

 

 なずな、典道、祐介、純一、和弘、稔。

 恵、裕太、反田、小橋、ランディー、研人。

 

 この物語はこの六人のものだ。

 かけがえのないひと夏の記憶として彼等の中に永遠に残ればそれでいいのだ。

p153

 

時間を置いたノベライズは、著者の中にも、演者の中にも、そして観客の中にもさまざまな波紋をもたらすことだろう。二十数年前『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』を観た恋人たちは、結婚し、それぞれに子供ができているかもしれない。それでも、この物語はやはり若い世代のものというよりも、自分の思春期の物語なのだ。こんな風に、ドラマチックに憧れの異性と近づき、離れることはなかったとしても、あの同じ年の仲間たちに距離を感じないで、毎日家と学校の周囲を自由に動き回っていた自分たちの物語なのである。

 

作品の最後のページで、なずなという名前の種明かしもさりげなくしてある。

 

そう、それは少年少女たちの帰らざる夏へのレクイエムなのだ。

 

関連ページ:

岩井俊二『リップヴァンウィンクルの花嫁』
岩井俊二『ヴァンパイア』

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