つぶやきコミューン

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大森望編『SFの書き方 「ゲンロン大森望SF創作講座」全記録』

JUGEMテーマ:自分が読んだ本 文中敬称略

 

 

大森望編、ゲンロン企画の『SFの書き方「ゲンロン大森望SF創作講座」全記録』(早川書房)は、2016年にゲンロンカフェで10回にわたり行われたSF創作講座の記録を編集したSF作家になる方法論の集大成である。編者の大森望は、本書を総括して「編者あとがき」の中で次のようにまとめている。

 

 第一線のSF作家十人による講義(+講評)と、毎回のテーマに沿って受講生から提出された梗概(あらすじ)の実例十八本、それに受講生の実作例が二篇(梗概つき)。本書を通読すれば、あなたもたちまちSFの書き方がわかる!―――とは言わないまでも、SFを書く上での基本的な考え方や発想の方法は、けっこう身につくんじゃないかと思う。p279

 

ゲンロンカフェを主宰する東浩紀自らに、自分も受けたかったと「序文」で言わしめるほどに、講師陣には豪華な顔ぶれが並んでいる。

 

 ぼくは本業は批評家だが、小説も書いたことがある。SFである。大森氏編集のアンソロジーに収録されたことさえある。けれどもぼくの小説執筆は完全な独学で、基礎的な技術に欠けているところがある。だから、もし運営会社の代表でなければ、ぼく自身がこの講座を受けたいくらいである。下手にプロにンなってしまうと、もうだれも小説の書きかたなど教えてくれない。p4

 

進行役の大森望に加えて、講師陣には東浩紀、長谷敏司冲方丁藤井大洋宮内悠介法月綸太郎新井素子円城塔小川一水山田正紀といった有名どころのSF作家がずらりと勢ぞろいしている。

 

ところで、この本を手に取る人のうちどれだけが実際に自分でSFを書こうとしているのだろうか。どちらかというとSFの熱心な読み手であり、講師である作家の創作の秘密を知りたいと考える人の方が圧倒的に多いのではなかろうか。というのも、大森望が語るように、プロのSF作家になるというのは大変なことだからである。

 

 いまの時代、SF作家になるのは超簡単。自分がSFだと思う作品を書いてネットで公開し、SF作家だと名乗ればいい。ついでに「ゲンロン 大森望 SF創作講座」を受講すれば万全です。

 いや、そういうことじゃなくて、プロのSF作家として食べていくにはどうすればいいんですか?という質問だとすると、これはものすごくハードルが高い。、現在の日本で、SF小説を書くことを主な収入源にして生活している人は、多くて二、三十人。そもそも小説家という仕事自体、いまは生業として成立しづらくなっている。p265

 

そのようなSF作家は目指さないがSFのディープなファンにとっても、この講座は十二に面白い。受講生の梗概や実作に付き合うかどうかは、各人の選択に任せるとして、十人の講師の、それぞれ別のアングルからの創作作法やSFについての考え方をなぞるだけで十分に面白いのである。

 

まず第一回を飾る「定義」では、東浩紀と編集者の小浜徹也、大森望の鼎談という形で、日本におけるSFの変遷のプロセスが浮き彫りになる。初期の小松左京、筒井康隆、星新一らが中心になった時代から、やがてファンタジーやホラーなどいくつものジャンルへと枝分かれしてゆくクロニクルな展開は、あらためて広範囲な変化が起こったのだと思い知らされる。はたして宇宙戦艦ヤマトは、機動戦士ガンダムはSFなのか、SFでないのかといった問題が生じてしまうことも、日本におけるSFの特異性を物語るものと言えよう。

 

 浸透と拡散の結果、かつてはSFとされていた様々なサブジャンルが、八〇年代後半になると逆にSFとは別の名前で売り出されるようになっていくと。p24

 

あるいは、冲方丁による梗概の書き方はストレートでコンパクトにまとまっていて、キレがあり、他の様々なジャンルの文章にも応用できそうである。

 

梗概が上手い人は、自分がこれから何を書くかわかっている。自然と本文も上手になります。なので、まずは梗概を何度も練習したほうがいい。p65

 

具体例として

 

『ロッキー』だったら、「うだつのあがらない貧乏白人ボクサーが、あるとき黒人のチャンピオンから名指しされ、十二ラウンド戦い抜きました」、以上。これが梗概です。p66

 

このようにプロセスを明確にされればSFを書こうとする人のハードルも一気に低くなり、一歩踏み出すことが容易になるのではないだろうか。

 

あるいはどこまで創作にアプリを活用すべきなのか。藤井大洋が活用するのは、チャプターごとに分割できるSctivenerというアプリだが、やはりここでも梗概の作成がキーとなる。

 

プロットも、Scrivenerの中で、一つ一つのファイルにこのシーンでは何が起こるか、アクションの概要を書いていくことができまして、それを繋ぐことができるるんです。話の筋を考えながら各シーンの梗概の部分だけを書いていくと、まとまった梗概が最後に出力できる。p85

 

それが『オービタル・クラウド』のような実作でどう活用するかという話につながると、急にプロセスに生命が宿る気がしてくるのである。もちろん、どの作家も最先端のテクノロジーを活用しているわけではない。新井素子の場合には、執筆に使用しているOASYSの環境を保全するために、つまりWindows10によって勝手にアップグレードされないために、スタンドアロンの環境を保持し続ける涙ぐましい努力を今でも続けていることが明かされる。

 

新井 パソコンはなるたけネットにつなぎたくないんです。Windows 10の案内(アップデート通知)が来てから、スタンドアロンにしてる。わたし、親指シフトのOASYSなんです。OASYSは、Windows10になったら終わりって聞いて。一回しちゃったら、もう直せませんって。

大森 ネットにつなぐとWindows10という怪物が来て、OASYSが使えなくなるという恐怖にさらされた新井素子は、執筆環境を守るためにパソコンをスタンドアロンにした、と。p144

 

新井素子には、携帯で小説がレイアウトを変えながら読めることも驚きというのだ。

 

新井 おー、読める。すごい。えっ、何これ?大きくしたら勝手に改行が変わった!(会場笑)笑うなー!だってすごいじゃん!……みんな、全然感動してない(会場笑)。何で感動しないんだ、こんなすごい文明の進歩に。p143

 

SF作家の思わぬアナログ志向という落差プレイに、誰もが驚き、笑い転げる展開に。さらには、円城塔は、純文学とSFの違いを「ミヤベ」という単位で計量化しようとするなど、話のネタにはこと欠かない。そして、同時にそれはSFのテーマや本質とも直結しているのである。

 

読者の中には、講義部分から、発想や知識を仕入れる以外に、毎回のテーマを正面から受け止めて、梗概を書いたり、実作を作ったりしたくなる人もいるだろう。その際に、受講生の梗概や講師による講評はとても参考になるにちがいない。

 

さらに、講義の中で紹介されるSF作品の数々のみならず、課題とともに紹介される参考文献は、これからSF作家になろうとしている人にも、SFファンにとっても、等しく貴重なソースであるだろう。そこでは、ケン・リュウ『紙の博物館』や、ジョーゼフ・キャンベルの『千の顔を持つ英雄』やビル・モイヤーズとの共著『神話の力』、チャイナ・ミエヴィルの『都市と都市』などが紹介されている。

 

『SFの書き方』は、読者自身がSFに対する造詣が深ければ深いほど一層楽しめる書物であり、もともとSF作家志望の人間のみならず、SFのディープなファンにも、これからSFの世界に入ろうとしている初心者にも、楽しくてためになる奥の深い名著である。繰り返して読めば読むほど新たな発見があるにちがいない。

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