JUGEMテーマ:自分が読んだ本 文中敬称略
中森明夫の『アイドルになりたい!』(ちくまプリマ―新書)は、一般的なアイドル論ではなく、これからアイドルになるのをめざす人のための入門書だ。
芸能界という大人の論理の支配する世界。その世界の中で夢をかなえる方法を、中森明夫は、アイドル志望の小学生や中学生にもわかるように、できるだけやさしい言葉を選びながら、しかも嘘をつかずに伝えようとする。本書を一貫しているのは、この感動的なまでの、伝えることへの真摯な意志である。それは、はたして同じようなわかりやすい文章を、十代の人間に向けて自分が書けるかどうか自問してみればわかるはずだ。
だからといって、単に夢を売るだけの文章を書いているわけではない。アイドルになるのは命がけの仕事だ。得るものも多いが失うものも多い。夢を説くだけでなく、現実に向かい、目をそらさず見つめることも必要だ。大人のオジサンが、女の子を搾取する構造と向き合い、生き延びる方法を工夫しなくてはいけない。
必要なのは、やはりメンタルの強さだ。これがないとアイドルとして長くやってゆけない。
みんなメンタルがめちゃくちゃ強い。根性がある。じゃなきゃ、普通、すぐにやめちゃうよ。p147
ある芸能プロダクションの人は、アイドルの条件として、友達がいないことと、携帯を持ってないことを挙げるくらい、人並みの幸せを求めない女の子の方が好都合な仕事なのだ。今は、飢えることが少なくなった日本の社会だけに、ハングリーであることは難しい。だから、片親しかないくらい愛情にハングリーな方が成功しやすいと言われるのである。
だが気持ちの強さだけでは不十分だ。的確な情報を手に入れる力も大事である。
契約書をしっかり読み、疑問点を残さない周到さも必要だ。
アイドルになれるのは、天然か腹黒かのいずれかであるとまで、中森明夫は言う。天然の人は知らない間にアイドルになってしまう。多くの人がアイドルになるには腹黒になる道しかない。一見天然にも腹黒にも見えないアイドルも、実はバレてない腹黒であると言う。このシンプルな定式化も、中森明夫ならではだ。
ところで、アイドルって何だろう。
アイドルとは人に好きになってもらう仕事であると中森明夫は言う。
好きになってもらうには何が必要か。
美貌やスタイルのよさも、歌のうまさも、ダンスのうまさも必須の条件ではない。大事なのは欠点だ。欠点がない人はアイドルにはなれない。欠点こそが個性である。魅力である。それを好きになってもらえるまでに掘り下げればよいのだ。
欠点のない女の子は むしろアイドルに なれないんだよ。p32
今は誰でもアイドルになれる時代だ。ネットからもアイドルが生まれるし、地方からも次々にアイドルが生まれている。
そして、アイドルになるために必要なすべてをここに書いたと中森明夫は言う。つまり、本書はアイドルの成功方程式がまとめられた本なのだ。
『アイドルになりたい!』は、五十台も半ばをすぎた中森明夫の文章だが、この本の文章は、これまでのどれにも負けないほどの若さとエネルギーにあふれている。アイドルについて語りながら、中森明夫は同時に自分語りをしている。この本ほど中森明夫の仕事のスタンスをはっきりと伝える本もない。
「中森先生がオーディションで女の子を選ぶのも、単に自分の好みで選んでいるんじゃないですか?」
そうだよ。自分の好みで選んでいるんだ、とぼくは答えた。
ただ、きみたちとは違うところがある。
ぼくは「好き」のプロなんだ。
ぼくの「好き」には責任があるんだよ。p21 (原文の強調は傍点)
これは単にアイドルについてだけでなく、映画や本についてもあてはまる。中森明夫は、身体を張って、不人気でもいい本、いい映画を紹介しようとする、そのスタンス、その情熱にジャンルは関係ない。
『アイドルになりたい!』には、中森明夫の人生を賭けた「好き」が詰まっていて、どのページからも若々しい情熱やパワーがみなぎっている。きっとアイドルになりたいと憧れを抱いた人は、この本から大きな元気をもらい、人生を歩いてゆくのに必要な地図を手に入れるにちがいない。
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