つぶやきコミューン

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伊藤計劃×三巷文『ハーモニー 2』

JUGEMテーマ:自分が読んだ本 文中敬称略

 

<大災禍>後の大切な子供たち

わたしもあの子も公共的身体の持ち主なのだから

傷つくことなんてあってはならない

 

うれしいことは皆で喜びあおう

苦しいことは皆で解消しよう

 

互いに慈しみ支えあい

ハーモニーを奏でること

 

(『ハーモニー 1』)

 

 Kindle版

 

『ハーモニー 2』(KADOKAWA)は、夭折したSF作家伊藤計劃の『ハーモニー』(早川書房)の三巷文(みなと ふみ)によるコミカライズ第2巻である。

 

『ハーモニー』は、WatchMeという体内に埋め込まれた健康管理ネットワークと医療薬生成システムのメディケアによって人々の健康が生府(医療合意共同体)によって完全にコントロールされ、拡張現実(オーグメンテッド・リアリティ)により個人の情報が丸見えになった世界での、三人の少女の反抗とそれからの物語である。

 

オトナたちは今

多くのものを外注に出して制御してる

 

生きること 病気になること 

もしかしたら考えることも

 

本来自分自身のものでしか

あり得なかったものを

 

ならわたしはオトナになりたくない

 

このカラダはわたしのもの

わたしは私自身の人生を生きたいの

 

(『ハーモニー 1』)

 

主人公霧慧(きりえ)トァンには、友人の零下堂キアンとともに心酔するカリスマ的な友人御冷ミァハがいた。彼女の教唆によって、WatchMeを身体に入れられる前に、管理社会のシステムから逃れ、自分らしさを求めての拒食による自殺を図ろうとした三人だったが、ミァハのみが自殺に成功し、トァンもキアンも生き残ってしまう。

 

それから13年後、WHO下の上級螺旋審査官となったトァンは、紛争地のニジェールで、システムの隙間を見つけては飲酒や喫煙に耽る自堕落な生活を続けていたが、それが発覚し、日本への帰国を命じられる。ところが、再会したキアンは彼女の目の前で自殺を遂げてしまう。しかも、死んだのは彼女だけではなかった。全世界で、6582人もの人間がその時間に自殺を試み、うち2796人が成功したというのである。

 

単独で調査を始めるトァン、彼女を監視下に置こうとする組織の壁をかいくぐりながら、事件の背後にある秘密を探ろうとするのであった。

 

三巷文は、元々エロ出身の漫画家だが、『ハーモニー』における彼女の画力は際立ってほとんど非の打ちどころがなく、神といってもよい。1巻、2巻と劇場版エヴァンゲリオン並のクオリティを維持し、三人の少女たちのキャラクターも、先行するアニメよりも美しく、表情豊かである(成人したトァンのキャラクターは、顔も性格もエヴァの葛城ミサトに近い)。とりわけ三巷文で卓越しているのは、人物の表情や身体、髪や衣服の表現である。身体は、ただに美しく理想化されているのであなく、女性でさえも筋肉のかたちをベースに描かれており、抑制的な画風の中にも、リアルなエロスを感じさせる。人物以外の、建築物やインテリア、乗り物、ツールのグラフィックなどは、アニメの設定資料をそのまま引き継いでいるとはいえ、未来世界を精緻に描き尽くしている。そして、人物と背景とのコントラストのつけ方、トーンの貼り方まで絶妙だ。

 

さらに『ハーモニー』では、etmlというプログラム言語で(実際にはほとんどhtmlのバリエーション)、拡張現実の世界が表現される。回想シーンであれば、黒をバックにした<recollection> </recollection> のタグの間に、絵が挟まれるというように。このタグの存在によって、コミックを難解なものにしがちな場面の転換があらかじめ告知される。間に活字しか入らない原作以上に有効に使われ、その上ページ自体が、デザインとしても際立っているのである。

 

『ハーモニー 2』では、学生時代の回想の後に、トァンがミァハの母御冷レイコを訪ねるところから始まる。その口からミァハが養子であり、戦災孤児だったという事実を聞く。

 

衝突区付近の少数民族だと聞きました

その生き残りです

 

さらに、その献体は、中東の医療都市バグダッドにある研究施設にあり、その受領者はなんと霧慧ヌァザ、つまりトァンの父であった。事件の背後に浮かび上がる、科学者で失踪中の父と、死んだはずのミァハの影。

 

かくして、運命的なものを感じながら、日本からバグダッドへ、さらにはチェチェンへとトァンは飛ぶことになるのだった。

 

トァンは、事件の真相にたどりつくことができるのか。背後で進む陰謀の正体は?はたしてミァハは本当に死んだのか?

 

原作のちょうど2/3まで表現したところで『ハーモニー 2』は終わっている。伊藤計劃の『ハーモニー』は、三巷文の神画力によって、新しい光を得た。第3巻による完結が楽しみだ。

 

PS コミックの完結を待てない人は、伊藤計劃の原作を読み切るのもよいだろう。原作では、人物の外観や場所の描写はほとんどないだけに、一層想像力が刺激され、3巻への期待が高まるにちがいない。

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