つぶやきコミューン

立場なきラディカリズム、ツイッターと書物とアートと音楽とリアルをつなぐ幻想の共同体
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[3] Daily Web Clipについて
Daily Web Clipは基本的に自分自身の備忘録的なコンテンツです。

何かに使うつもりでチェックしたコンテンツも、再度引っ張り出そうとすると意外に見つからず、膨大な時間を要したりするもの。そんなわけで、ツイッ ターからネット上をブラウズする中で出会い、お気に入りに入れたり、RTしたりして後で読む予定のものも、実際には9割は読まない結果になるので、特に保存 しておきたいページのリンクをまとめてゆくものです。

個別のリンクをエントリーにすると、見返すのが快適でなく、また迷子になりそうなので、月ごとにまとめてゆくことにします。

そんなノリでスタートしたのですが、これは意外に大変であることに気づきました。日々変化するような話題は、キリがないので、隙間的な記事をツイッター以外に、6大誌や、Google News、Yahoo!News、47news、海外系の新聞・雑誌、BLOGOSなどのサイトからかき集めているのですが、心のアンテナにひっかかる記事は思った以上に少ないのです。

刻々と自分の興味や関心は変わってゆくので、定まった方針はないのですが、あまり報道されない海外の出来事と、日本のローカルなニュース、さらにサブカル系のニュースが多いようです。

5月に入り、ツイッターやウェブ上の出来事を、ソーシャルクリップという形でスピンオフし、読者もそちらの方が多いので、打ち切りが危ぶまれるコーナーです。

Daily Web Clip (2013/05)
Daily Web Clip (2013/04) なぜか4/1〜4/6の記事が消えています。
Daily Web Clip (2013/03)

[02] 文体の問題
 文体の問題と言っても、ややこしいレトリック、修辞の問題ではない。

著者名の敬称をどう処理するかという問題である。

三つの選択肢がある。

1.敬称略
2.著者名に「氏」をつける
3.著者名に「さん」をつける

1.敬称略というのは一番格好がいい。冗長感がないし、アカデミックな気がする。だから、作品論を意識した時にはそうなりやすい。

2.「氏」をつけるというのは、ベタな選択肢である。何も考えたくない時には、ついこれを多用してしまう。

3.「さん」をつけるのは、会話的でやわらかい感じを与える。ツイッターのやり取りの延長だとスムーズに入りやすい。だが、作品を語る上ではいささか冗長な気がする。女性の著者の場合、氏が硬い印象を与えてしまいなじめないので、どうしてもこれを多用してしまう。

後になって読んでみると、これは敬称抜きでやった方がいいとか、これは氏でよかったのではとかの感想も思い浮かぶが、直すほどの必然性も感じない。

何とか一定のポリシーにしたがって、書き分けてみたいと思うのだが、どうにも悟りきれない。

結局、なんとなく、その場の自然と思える感覚で始めてみる。当分は、それでゆくしかないだろう。

そう、基準はどこまでも、なんとなくなのである。
[01] 書物のキュレーション−これは書評ではない−
 このブログは、一応書評中心としているけれど、そのコンテンツのほとんどは、本当は書評ではない。

どちらかと言えばキュレーションの類に属しているだろう。

取り上げる本に関して、あるいは著者の意見に関して、いい悪いの批評はしたくない。

それは、実際にその本を読んだ読者一人ひとりが判断すればよいことだ。

意見は自分とは真逆であるとか、つまらない作品であるとか思うなら、それを取り上げ、アラを探し出すことは時間の無駄というものだ。

否定的なもの、ネガティブな感情を自分と読者の中に引き起こして何になると言うのだろうか。

一人ひとり違う人間がいて、一人ひとり違う意見・世界観を持っている。

取り上げる著者や作品の世界の間に完全な意見の一致があるわけでもない。

バラバラの意見があり、それぞれに個性的な世界がある。

自分にとって魅力的であると思う考え方や世界の差異そのものを肯定すること。

多様なる意見、多様なる世界を、とりあえずそのまま肯定して、自分との早急な一致など見出そうとしないこと。

それらの自分との隔たりは、時間とともに、ゆっくりと私たちの心の底に働きかけ、徐々に変えてゆくことだろう。

書物のキュレーションとはそういうことである。


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