つぶやきコミューン

立場なきラディカリズム、ツイッターと書物とアートと音楽とリアルをつなぐ幻想の共同体
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荒川弘、田中芳樹『アルスラーン戦記 9』

JUGEMテーマ:自分が読んだ本  文中敬称略

 

 

戦記物の戦いが、格闘技物の戦いと異なるのは、基本となる数が2ではなく、3であるということだ。戦う二者の能力以上に、そのいずれかに与する第三者によって勝敗が決まるのである。そこでは、駆け引きや裏切りが日常茶飯事となる。国と国の間でもこの三の原理で動くが、臣下の人間もそのいずれに従うかの選択を余儀なくされる。

 

田中芳樹原作、荒川弘漫画の『アルスラーン戦記 9』ほど、この戦記物の本質を表すものはない。

 

ルシタニアにより王都を追われたパルス王子アルスラーンたちは、シンドゥラ国の兄弟間の王位継承の争いで、弟のラジェンドラに加勢することで兄であるガーディーヴィを倒し、ラジェンドラは王位につくことができたのだ。

 

けれどもアルスラーン一行が、ルシタニアと戦うためパルスへの帰国が迫ると、野心家のラジェンドラはそこで漁夫の利を得ようと姦計をめぐらせる。この危機をアルスラーンたちは切り抜けることができるか。

 

そんな中、ガーディーヴィの配下の忠臣ジャスワントは、人物をアルスラーンに認められ、配下に加わらないかと誘いを受ける。ガーディ―ヴィの妻サリーマもまた彼を手元に置こうとする。ジャスワントの選択は?

 

他方、バルスの王都エクバターナを支配するルシタニア国王のイノケンティスは、勢力を伸ばし増長魔となった大司教ボダンと配下の騎士団を叩くため、銀仮面卿ことヒルメスの力を借りようとする。両者をぶつけて、潰し合いをさせるためである。そんな思惑を知った上で、ヒルメスはあえて彼らの居城ザーブル城攻めに向かおうとするのだった。ヒルメスの思惑とは?そして勝敗の行方は?

 

ヒルメスの忠臣サームは、ルシタニア人の盗賊を退治したというかつての友人、隻眼のクバートの噂を聞きつけ、ヒルメスの配下に加えようとするが、自由人のクバートはヒルメスの仮面をからかってしまう。パルス人としては、ヒルメスに仕えるかアルスラーンに仕えるか、自由の身でいるかしかないが、はたしてクバートの選択は?

 

『アルスラーン戦記』を導くもう一つの糸は、アルスラーンの出生の謎である。

 

シンドゥラでの戦いでアルスラーンをかばったバフマンが死んだことで、手がかりの一つが失われてしまった。

 

他方、サームは地下に囚われの身のパルス王アンドラゴラスに面会し、アンドラゴラスの兄である前王オスロエスの死とアルスラーンの出生の秘密に迫ろうとする。アンドラゴラスが告げた衝撃の真実とは?

 

そして、アルスラーンの周辺にも、その出生の秘密を探ろうとする黒い影が出没する。第二の危機が迫る。
 

勝利を得るのは、アルスラーンか、ヒルメスか、ルシタニアか、しだいに三つ巴の戦いの構図が浮かび上がり、多彩な人物を加えてますます佳境真っただ中の『アルスラーン戦記』である。

  Kindle版

 

関連ページ:

荒川弘、田中芳樹『アルスラーン戦記 6』
荒川弘、田中芳樹『アルスラーン戦記 5』
荒川弘、田中芳樹『アルスラーン戦記 3』
荒川弘、田中芳樹『アルスラーン戦記 2』
荒川弘、田中芳樹『アルスラーン戦記 1』

 

三部けい『夢で見たあの子のために 2』

JUGEMテーマ:自分が読んだ本  文中敬称略

 

 

三部けい『夢で見たあの子のために』は、13年前に両親を殺害され、双子の兄が行方知れずとなった高校生中條千里(なかじょうせんり)の、復讐のドラマです。

 

事件後治療のため、しばらく施設に預けられ、そこで知り合うことになったのが、琴川恵南(ことかわえなん)。彼女もまた、父は殺人犯、母は自殺と不幸な生い立ちを持った少女でした。

 

今は、立石の祖父母のところに身を寄せながら高校生として過ごしている千里ですが、あくどい手口で、他校の不良と組み、同じ学校の生徒よりお金をまきあげながら、復讐に必要な資金をため込もうとしているのでした。

 

俺には目的がある

手っ取り早く大金が欲しいんだ

その目的のために

今俺が信じられるものは「金」なんだよ

 

そんな千里をたしなめる同級生の恵南ですが、騙そうとした相手が、ヤクザの息子だったために、千里は仲間ともども手痛いしっぺがえしを喰らうことになります(第1巻)。

 

それでも、兄一登(かずと)の敵への復讐をあきらめることができない千里。犯人が金貸しに追われていたことを知り、ヤクザの息子が借金していた相手に接触しようとするのですが、逆に窮地に陥ってしまいます。再びピンチに立たされた千里の運命はいかに。

 

父親からの虐待に遭っていた千里にとって、心のよりどころは弟の一登だけでした。

常に一心同体だった二人の秘密とは、あらゆるものを共有していたこと

 

「痛み」や「視覚」まで

 

この「痛み」と「視覚」の共有こそが、『僕だけがいない街』の藤沼悟の「再上映(リバイバル)」同様、作品の鍵となる特殊能力です。ある時、突然強い痛みとともに、一登との感覚の共有が途絶え、それを一登が死んだ証拠と思っていた千里。

 

けれども、再びその感覚が蘇るとすれば…

 

ダークな過去を持った少年が、自らダークな世界へと足を踏み入れ、さらにヤバい世界へとずぶずぶと深入りしてゆく。そのたびに、読者はハラハラドキドキしながら、千里の、そして彼を見捨てることができず同行してしまう恵南の行動を見守ることを強いられます。

 

『夢で見たあの子のために』は、過去と現在の間の時空の迷路をさまよいながら、一歩一歩真実へと、恐るべき敵へと迫ってゆく、スリリングなサイコサスペンスミステリーの傑作です。

 

   Kindle版

 

関連ページ:

『夢で見たあの子のために 1』

『僕だけがいない街 9』
『僕だけがいない街 8』
『僕だけがいない街 7』
『僕だけがいない街 6』
『僕だけがいない街 5』
『僕だけがいない街 4』
『僕だけがいない街 3』
『僕だけがいない街 2』
『僕だけがいない街 1』

クロスケ『巨大仏巡礼』

JUGEMテーマ:自分が読んだ本  文中敬称略

 

 Kindle版

 

奈良東大寺の大仏は高さ25mだが、日本にはそれよりも大きな数多くの巨大仏がある。

 

牛久大仏 120m

仙台大観音 100m

加賀大観音 73m

会津慈母観音 57m

東京湾観音 56m

高崎白衣観音 41.8m

鳥居観音 33m…

 

鉄筋コンクリートの工法が導入されて以来、さまざまな時期に、さまざまな場所で、大仏がつくられてきた。日本全国に散在する大仏や、宗教的巨大像をしらみつぶしに集めたのが、大仏ハンターを名のるクロスケ『巨大仏巡礼』(扶桑社)だ。

 

だが、大きければ何でも大仏と言えるわけではない。大仏の大きさは、立像であれば高さ4.82m、座像であれば高さ2.42m以上と決まっている。これは、一丈六尺というお釈迦さまの身長を基準として、それより大きな仏像を大仏と呼んでいるのである。

 

ページをめくるたびに、新たな驚きが目の前に広がる。オールカラーで巨大仏の写真が160ページにわたって続くのだ。知識としては、牛久大仏の大きさは知っていても、それを周囲の建物や人物や樹木との対比の中で目にすると、圧倒的な存在感で迫ってくる。それに続く巨大仏の色や姿、周囲の風景もそれぞれに異なるので、飽きることがないのである。

 

圧倒されるのは、大仏の外側だけではない。巨大な大仏の内部には、巨大な空間があり、そこにも異界が広がっている。

牛久大仏の内部に広がっているのは、最新のテクノロジーによる極彩色の阿弥陀仏の世界の再現である。

仙台大仏の内部は、バットマンテイストの11層にわたる巨大吹き抜け空間である。

東京湾観音の内部は、白亜の教会のようなスペースを抜けると、フェンス一つで海風にさらされるスリリングな回廊が空に向かって続いている。

何百体という金色の仏像が配置された空間もあれば、キッチュな仏像や鮮やかなステンドグラスの空間が広がっている場合もある。

 

屋外で雨風にさらされているものは、人々の記憶にも残りやすいが、知られざる室内仏もある。

 

たとえば、駒込の光源寺には高さ6mの金色大観音があり、ほおずき千成り市の日には一般に公開されている。

越前大仏は、大仏殿の間口58m、仏像の高さ28mと、東大寺をしのぐスケールの大きさで、山門の仁王像も、五重の塔も想像を超える高さである。GANTZの世界を超えるスケールの大きさなのだ。

 

これにはスケールで及ばないものの、東大寺、鎌倉に次ぐ第三の大仏を競い合う、高岡大仏、兵庫大仏、石切大仏。

スケールからすれば勝敗は簡単についてしまうが、その地元の意気込みも微笑ましい。

 

その他、獅子にまたがる札幌大仏(高さ7.6m、光背10m)、金色色に輝く津市の純金開運寶珠大観世音菩薩(33m)、胸像だけの大船観音(25m)、北の大地に横たわる長さ45mの金色の涅槃大仏、石壁を削って作られた日本寺の大仏(31m)・・・

 

歳月の経過していないものは、禍々しさを伴うが、いつしか周囲の風景に溶け込んでいるものもある。50年100年も経てば、世界遺産もこの中から出てくるかもしれないと思えるほど、壮観きわまりないラインナップである。

 

これらの巨大仏を生み出した想像力、それを実現してしまう人々の情熱には、一種の爽快感をおぼえる。まだまだ、この国には、見るべきもの、面白いものが沢山あると信じさせてくれるのだ。

 

 

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